第16回国際エイズ会議開会式のフリッカ・チア・イスカンダールさんのスピーチ

(解説)トロントの第16回国際エイズ会議は2006年8月13日に開会式が行なわれ、HIV陽性者を代表してインドネシアのフリッカ・チア・イスカンダールさんが基調演説を行いました。会議の模様をカバーしているウエブサイトkaisernetwork.org/の開会式のトランスクリプト
http://www.kaisernetwork.org/health_cast/hcast_index.cfm?display=detail&hc=1791 
を参考に関係部分の日本語仮訳を試みました。
スピーチにも出てくるのですが、彼女は「エイズが発見された1981年」の生まれだそうで、今年25歳ということになります。「エイズのニューフェイス」としての若い女性、しかもアジアのHIV陽性者がカナダで開催された会議の開会式で演説するというのは、もちろんフリッカがHIV陽性者として世界のHIV/エイズとの闘いを牽引する目覚しい活動を続けてきたからではありますが、それと同時に世界がアジア地域における急速なHIV感染の拡大を深刻な危機としてとらえていることの表れでもあります。
フリッカは昨年7月の第7回アジア・太平洋地域エイズ国際会議(神戸会議)の開会式でもスピーチを行なっています。神戸会議の開催に奔走した日本の組織委員会関係者としては、フリッカを今度は世界の大舞台に送り出すような晴れがましい気分もないわけではありません。
ただし、当のフリッカはトロント会議のテーマである「Time to Deliver(約束を果たすとき)」の実現を目指し、厳しい現実の指摘からスタートしています。浮ついたところはありません。それでいて最後は「希望」について語り、「私は約束を果たすことができると思っています。あなたは、どうですか」と問いかけています。見事ですね。ますますフリッカ・ファンが増えそうです。
このブログには以前に神戸会議の際のフリッカのスピーチも掲載してあります。あわせてお読みください。



第16回国際エイズ会議開会式のフリッカ・チア・イスカンダールさんのスピーチ
 
 HELENE GAYLE, M.D.  最初の基調演説のスピーカーを紹介することは私の大きな喜びです。フリッカ・チア・イスカンダールさんです。フリッカは偏見、差別と闘い、HIV陽性者のより積極的な参加を求めて活動する若いリーダーです。彼女はまた、HIV/エイズの治療プログラムにおけるピア・サポートの有効性についても力強く語っています。
フリッカは5年前にHIV陽性であることを知りました。ジャカルタのPITA財団の設立者であり、Treat Asiaの国際治療準備連合でも積極的に活動しています。今日はアジア太平洋地域HIV陽性者ネットワーク(APN+)を代表してここに来られました。さあどうか歓迎の拍手を。
 
FRIKA CHIA ISKANDAR  今晩は、友人の皆さん。ボンソワール・マダム・アンド・ムッシュ。レディス・アンド・ジェントルマン、インドネシアからごあいさつを差し上げます。ハロー、トロント。
今日は第16回国際エイズ会議でお話をする機会をいただきありがとうございます。私が今夜、ここに立つことを支えてくれた友人たち、とりわけ私の夫にも感謝をささげます。HIV陽性者のために、そしてエイズのニューフェイスである若いアジアの女性として、ここでこうしてお話しすることができるのは非常に大きな栄誉です。
いくつかの厳しい事実からお話を始めることをお許しください。インドネシアのパプア地区の最高地であるプンカク・ジャヤで、HIVに感染した赤ちゃんが生まれました。赤ちゃんは生きています。お母さんはエイズのことなど聞いたことはなかったし、自分がHIVに感染していることも知りませんでした。そのウイルスが赤ちゃんに感染するとは思ってもみませんでした。すぐに赤ちゃんは具合が悪くなりました。最も近い保健センターに行くにも母子は何日もかけて山を降りていかなければなりません。やっとたどりついても、HIV治療はパプア省の省都ジャヤプラでなければ受けられないと告げられるだけです。
お金がまったくないパプアの少数民族にとって、それはさらに数日間、歩いていくことを意味しています。これでは赤ちゃんもお母さんも死を告げられたのと同じことです。
同じ頃、首都ジャカルタではアウトリーチワーカーがエイズによる女性の死亡を報告していました。彼がどれほど懸命に働いても、できることといえば、薬物注射使用者の家に飛び込んでいき、エイズで死にゆく人たちを見つけることだけです。彼らはHIVについて聞いたこともありません。治療センターはすぐ近くにあり、HIV治療がいまは無料で受けられることも知りません。これらの話はすべて、同じことを語っています。すべてが手遅れです。ポイントはここです。
いまがTime to Deliver(約束を果たすとき)です。時間を無駄にはできません。コミュニティにとってそれはどういう意味なのでしょうか。表彰式や議論や約束にとどまってはならないということです。現実に立ち向かう時期なのです。私の国でも、他の多くの国でも、高い地位の人たちによる約束がなされています。財源もあります。抗レトロウイルス薬だってあるのです。でも、私たちはそれを最も必要とする人たち、首都や大都市から遠く離れたところにいる人たちに届けることができません。
そして友人の皆さん、私たちはいま、第16回国際エイズ会議の会場にいます。この会議で、私たちは変化を生み出したいと思っています。課題を克服し、現場で最も必要な人たちに必要なものを届けられるようにしたいと思っています。HIV陽性者が生活の質を改善するのに必要なものを届けたいと思っています。より多くの若い人たちに予防のプログラムと手段を届けたいと思っています。予防はいまなお、可能だからです。
私の国では、私たちが何かを成し遂げることができそうだと思うようになると常に、別の大きな災害が発生し、HIV/エイズは優先事項のリストから外れてしまいます。したがって、私たちは「It is Time to Deliver(約束を果たすときがきた)」というときには、それで何を言わんとしているのかを考える必要があります。
 私は友人のピーター・ピオット氏の「このレースを実現させよう。資金を人々のために生かそう。資金は効果的な対策に配分されているかどうかを確認しよう」という言葉をしばしば引用します。人々を救う対策を実行するには、質の高い人材が必要です。資金の管理が十分できない人が、どうして資金を活用することができるでしょうか。有能なカウンセラーや看護師、医師なしで、どうして治療が有効に機能するでしょうか。
コミュニティの能力を強化するには本物の投資が必要です。
私たちは解決策の一翼を担っています。単なるターゲット・グループ(対象層)ではありません。私たちはみな、コミュニティ・メンバーの参加がなければ、エイズ・プログラムが成果を上げることはできないということを知っています。私たちは教育、ケア、支援、治療、予防の面でエイズの流行と立ち向かうための鍵を握る役割を担っています。私たちの生命はウイルスに影響を受けています。だからこそ、私たちはエイズに人間の顔を与え、人々にこの病気の流行が現実のものであると伝えることができるのです。
 能力の強化には時間がかかること、成功にはコミュニティの参加が不可欠であることを。資金の拠出者は理解しなければなりません。
私たちはまた、コミュニティに友好的で、コミュニティのニーズに基づいて運用される資金メカニズムを必要としています。資金のほとんどがコミュニティにまで到達しないのは一体、どうしてなのでしょうか。 
 私はアジア太平洋HIV陽性者ネットワーク(APN+)や国際治療準備連合(ITPC)といったコミュニティ・ネットワークのための資金活用に取り組んできました。私たちは現場にいる人たちに資金が届くように努力してきましたが、それは常に困難な仕事でした。資金拠出者はほとんどの場合、数多くの条件をつけ、複雑な手続きを要求し、使途にも制限を加えます。
 確かに私たちは何千ドルかのお金をあちこちから得ることができます。しかし、十分な額ではありません。ほかにどこから資金を得ることができるのでしょうか。資金拠出者が「これらのプログラムはいい成果を上げていない」というとき、それは何を意味しているのでしょうか。
こうしたわけの分からない物言いの一つ一つが実際、私たちを傷つけます。約束を実行することで、事態が好転していることを証明するように私たちは求められています。最高の資金機関であったとしても、成果の証明は困難なのに、私たちが資金を受けようとすると、それが条件になるのはどうしてでしょうか。
 資金のギャップを埋めるためには、民間企業を含め、さらに100万もの私たちを信頼してくれる資金拠出者が必要です。私たちが本当に約束を果たせるよう、政府やコミュニティや宗教界の指導者たちは私たちを支援すべきです。どうか、行動してください。あなたたちがニューヨークの国連本部で2回も署名をしている約束を果たしてください。そして、そのサインを単なるいい記録のままに放置しておくことのないようにしてください。
 一方で、各国の政府はギャップを突破するために私たちを使うべきでもあります。
コミュニティと政府とのパートナーシップが生まれようとしていることに関しては、いい兆候が見られます。それは希望のサインです。インドネシアをはじめアジアの多くの国でいまや、無料の抗レトロウイルス薬(ARV)が提供されるようになりました。しかし、人々が治療を続けていくには、いまなお障害と課題があります。現実にドロップアウトしていく人がたくさんいます。服薬を続けていくことができません。HIV迅速検査をきちんと運営し、告知の際のカウンセリングのサポートを提供できるような信頼できる治療センターの数は十分ではありません。治療は小さな村にまでは届きません。ARVはいまなお、小さな村に住む人たちには、絵に描いたもちに過ぎません。そして、ARVが受けられるところでも、すべての人がアクセスを得られるわけではありません。とくに女性と子供は優先順位のリストに載っていないのでアクセスの確保が困難です。
 潜在的なHIV感染の拡大の場であるアジアでは、HIV陽性者は治療へのアクセスが得られていません。それに、どうして薬物使用者には、他のHIV陽性者と同等の権利やアクセスが得られないのでしょうか。どうして子供たちが大人と同じ用量のARVを服用しなければならないのでしょうか。私たちには、研究の成果が直ちに反映され、最初の組み合わせだけでなく2番目、3番目の組み合わせも含む、もっと広いHIV治療のオプションとガイドラインが必要です。
 ただし、薬だけで十分なわけではありません。家族や愛する人も対策の中で大切な役割を担いうる人々であり、力づける必要があります。彼らに働きかけ、支援を提供し、彼らの参加が大きな力になるような新たな方法を見つけましょう。
検査を拡大する一番いい方法は何かといったことを議論するのはやめにして、解決策を提示しなければなりません。薬は棚の上にあり、サービスも利用可能なのに、あまりにも多くのHIV陽性者が自らの感染を知らないままでいる。これは犯罪的な状況です。感染を知らない人たちに働きかけ、その人たちの意見を代表し、支援を提供するためにはどうしたらいのでしょうか。
偏見と差別は大きな問題としていまも残っています。人々はいまなお、差別を恐れて治療を求めることも、HIV検査を受けることもしません。偏見や差別は消えないでしょう。HIVは誰に感染するか差別して選ぶわけではありません。でも、人間は差別します。政治も差別します。
 私たちはエイズが政治問題化することを止めることはできません。はっきりさせておかなければならないのは、人を傷つけるのではなく、人の生命を救うことが大切なのだということです。
私たちはメッセージを変える必要があります。偏見は人の心の中にあります。もう20年以上もそこにあります。偏見を減らそうという代わりに、その中でどのように生きていくのかを学びましょう。偏見は減らせる性質のものではないので、減らすための切り札はありません。偏見に対処し、偏見と闘いましょう。私は繰り返し、多数の差別事例のリストを皆さんに示すことができます。でも、ポイントはどこにあるのでしょうか。私たちはみな、知っています。それはここにあるのです。私自身、偏見とスティグマの問題に対し、どのようにしてその中で暮らし、闘っていくのかを学び、自らの権利をどのように求めていくのかを知ることで克服してきました。
 自分が何を望み、何を必要としているかは分かっています。だからこそ、いま、ここに立ってみなさんにお話をしているのです。昨年の第7回アジア・太平洋地域エイズ国際会議(ICAAP)の開会式スピーチで、私は歯科医から診療拒否されたことをお話しました。でも別の歯科医を見つけることができました。残念ながら他の人もそうなるとは限りません。いまも差別を受けながら死んでいく人がいます。私たちすべてを力づけるためには何が必要なのでしょうか。偏見と差別を減らすのではなく、HIV陽性者が本当の意味で参加できるようにすることを目指しましょう。
 しかし、はっきりさせておきたいのですが、力づけること(empowerment)または参加すること(involvement)というのは、単に証言をすることではありません。私は証言をしてくださいと頼まれても拒否してきました。この2年間、拒否し続けています。私は、会合でただ話を聞いてもらえばいいなどと思ってはいません。
 友人の皆さん、あなたは言葉を聞き取っているのですか、それとも本当に私の話を聞いているのですか。私はもっと積極的に参加し、交渉したいのです。もっと多くの人にそうなってほしい。私はそれが可能だと思っています。
 ただし、参加の度合いは学術的な基準や大学の学位で測れるものではありません。日々の生活の中での経験であり、こうした課題に取り組んで生きていくことで得られる洞察力が必要です。
 ジョン・レノンと同じ年に生まれたという人、ニール・アームストロングが月面着陸した年に生まれたという人はたくさんいます。私の場合はこういわなければなりません。エイズが発見された1981年に生まれました、と。それは、私たちの世代がHIVとともに生き、HIVと直面して生きる準備をしてこなければならなかったといっているようなものです。
 私は6年前にHIVに感染していることを知りました。2003年からARVの治療を受けています。そうでなければ、私には参加することも、ここに立っていることもできなかったでしょう。ARVのよりシンプルなパッケージを開発した研究者のおかげで、私はいま、錠剤を毎日10錠ではなく、3錠、服用するだけでいいのです。
生涯にわたって毎日10錠以上の薬を飲み続ける生活は私には想像できません。でも、これからどれくらい長く薬を飲み続けることになるのか。それも私にはわかりません。10年でしょうか、20年でしょうか、それとも50年でしょうか。完治(cure)の希望はあるのでしょうか。ワクチンには希望があるのでしょうか。
 それでも、希望は失わないようにしましょう。希望こそが私たちの生命を保ち続けている何ものかであります。希望は触ることのできないものですが、私たちの将来を確保してくれるのです。希望が持てるときもあれば、持てないときもあります。でも、希望は失わないようにしましょう。この希望とともに、私は世界HIV陽性者ネットワークGNP+の20周年を祝いたいと思います。GNP+の20年は世界的なコミュニティ活動の重要な歴史でもあります。
それでは最後に、AIDSのニューフェイスとして、ひと言。私は約束を果たすことができると思っています。あなたは、どうですか。
 どうもありがとうございました。

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