日本市民社会からの国別報告書 1

(解説) 2001年6月の国連エイズ特別総会で採択されたコミットメント宣言の5年後の実施状況を確認するため、国連は加盟国に国別報告書の提出を求めました。報告書は各国の政府が責任を持って作成することになっていますが、国連は同時に、報告書作成にはHIV/エイズ対策に取り組む市民社会組織、HIV陽性者組織等のに参加を積極的に促し、広く意見を反映させることも各国政府に求めています。
 ただし、国によってはそうしたプロセスが十分に踏まえられて政府レポートが作成されているとはいえません。また、そうしたプロセスがあったとしても、市民社会が政府とは別の立場から報告書を作成することは、HIV/エイズの現場の様子をより包括的に把握するうえで重要な意味を持っています。
 このため、HIV/エイズ関係の国際組織は各国市民社会に対し、政府報告とは別個に市民社会組織による国別報告書(シャドーレポート)を作成し、国連に提出するよう呼びかけました。日本でもこの呼びかけに呼応し、国内のHIV/エイズ関係のNPOおよびHIV陽性者組織の有志が集まって草案を作成し、さらに多数の人の意見を反映させつつシャドーレポートを完成させました。それがこの報告書です。
 各国の政府および市民社会組織が作成した国別報告書とともに、この報告書も英語版が国連に提出され、2006年5月31日-6月2日にニューヨークの国連本部で開かれるコミットメント宣言実施状況の検証会議(UNGASS+5)の基礎資料となります。




 「HIV/エイズに関するコミットメント宣言」の実施状況のモニタリング・評価に関する日本市民社会からの国別報告書 <日本国> (前半)


1.日本のHIV/AIDS:全体像概要 Status at a Glance

 日本のHIV/AIDSの流行は現在も、低流行期の段階にとどまっているが、感染数・感染率は一貫して漸増傾向にあり、近年、増加率は急激に上がっている。MSM(Men who have sex with men: 男性と性行為を持つ男性)における新規感染の急増により、日本は低流行期(Low Risk)から局限流行期(Concentrated Epidemic)に移行しつつあると見なければならない状態である。

 日本は、戦後の経済成長に支えられた社会保障制度や高い水準の医療保障により、治療へのアクセスについては、世界のトップクラスの状況にある。しかし、社会的差別・スティグマが早期の検査と治療へのアクセスを阻害するケースも存在する。また、外国人については、治療のみならず予防、ケア・サポートの全ての面において、日本人よりもアクセスが困難な状況に置かれている。

一方、予防、検査、ケア・サポート、HIV陽性者を含む市民社会の参画など、包括的なHIV/AIDS対策については、日本は極めて遅れた状況にある。HIV/AIDS問題が深刻化しつつあるにもかかわらず、日本ではHIV/AIDSは政策の優先課題として認識されておらず、省庁を越えた国家としてのHIV/AIDS対策全体の責任主体は明確でなく、省庁間連携を有効に機能させるための調整機構や、政策の実施や成果をモニタリング・評価する機構が存在しない。さらには市民社会、わけてもHIV陽性者、感染の可能性に直面しているコミュニティ(communities at risk)のHIV/AIDS政策への参画を保障するシステムも存在していない。

総じて、予防・検査・人権保障等の施策において、予算と人的資源が質・量ともに不足しており、この点について抜本的な改革が必要である。

2.HIV/AIDSの概況 Overview of the AIDS Epidemic

 日本のHIV/エイズの流行状況については、厚生労働省のエイズ動向委員会により、医療機関からのHIV感染者およびエイズ患者の報告件数が集約されている。国別報告書に報告されているそのデータを市民社会の観点から分析すると、次のように要約することができる。

《日本のHIV陽性率は他の先進諸国と比べて低く、国連合同エイズ計画(UNAIDS)による流行の3段階の分類では、低流行期にとどまっている。ただし、感染の拡大傾向は過去10年、一貫して続いており、とりわけ大都市圏のゲイ・コミュニティにおける感染は局限流行期への移行が懸念される状況にある。一方で、HIV陽性率が低いことから予防対策、HIV陽性者に対する支援対策への強い政策的意思が示されないまま「コミットメント宣言」以降の5年間が経過しており、今後の感染の拡大が極めて憂慮される状況を招いている。》

上記要約を踏まえ、以下のことを指摘しておきたい。

・ 1985年に日本で最初のエイズ症例が報告されて以来、20年を経過した現在でもなお、日本のHIV陽性率は低い。ただし、HIV感染の増加率は急激に上がっている。また、エイズ発症の診断を受けるまでHIVに感染していることに気づいていないケースが新規報告の三分の一を占めている。(2004年の場合、新規に感染が確認された人は1年間で1165件報告されており、そのうちの385件がエイズ発症の診断を受けた段階で始めてHIV感染が確認されたケースだった)

・ その大きな理由は、検査および治療へのアクセスを必要する人たちに十分な情報が伝えられていないこと、HIV/エイズにまつわるスティグマや忌避感情がいまなお根強く社会に残っていることなどから、早期に検査を受ける動機付けがなされていない点にある。

・ とりわけ、社会的に弱い立場に置かれている人々である外国人、セックスワーカー、薬物使用者(injecting drug users: IDU)など個別施策層に対する予防施策は有効に機能してこなかった。

・ そうした中で、報告データのうえから最も懸念される傾向は、MSMが感染報告に占める割合が他の感染経路に比して、きわめて大きいことである。

・ 東京、大阪、名古屋、福岡など大都市圏のゲイ・コミュニティでは、自助的な啓発活動の動きが近年、活発化する傾向にある。一部では地方公共団体との協働も始まっており、厚生労働省も、MSMにおけるHIV感染拡大の問題を認識し始めた。この結果、ゲイ・コミュニティでは、社会全体の平均よりも検査を受けに行く人の割合が高くなっていることが種々のデータから推測できる。ただし、MSMの感染報告の増加はそうした成果のあらわれという以上に大きく、それゆえに、大都市内部のゲイ・コミュニティにおいては、感染のトレンドが低流行期から局限流行期への移行期に入りつつあるのではないかと懸念されている。

3.HIV/エイズに関する国家的対応 National Response to the AIDS epidemic

 「三つの統一」(Three Ones)は、HIV/エイズ対策を国家のリーダーシップの下に効果的に進めるために、国際的に推奨されているモデルである。しかし、日本のHIV/エイズ対策においては、「三つの統一」に基づく体制は実現しておらず、その実現を目指す政治的意志が示されていない。日本政府のHIV/エイズに関する対応の問題は、以下の3点にまとめることができる。

a. 政府において、HIV/エイズを国家的な優先課題とするという認識が欠如している。

b. HIV/エイズ対策に関する行政機構が国際水準に準拠する形で整備されておらず、また、これを整備する方向性も示されていない。すなわち、

i) HIV/エイズ対策に関する包括的な政策・方針(第1の統一)が存在していない。

ii) 省庁の枠を越えたHIV/エイズ対策全体に関する統括的な責任主体が不明確であるとともに、国家エイズ委員会といった、効果的な省庁間連携の枠組み(第2の統一)が欠如している。

iii) HIV/エイズ対策に関する包括的なモニタリング・評価システム(第3の統一)が存在していない。

c. HIV/エイズ対策行政への市民社会の参画が保障されていない。

 まず、i) については、「後天性免疫不全症候群に関する特定感染症予防指針」(The National Guidelines of AIDS Prevention)が存在する。しかし、これは厚生労働大臣告示であり、基本的にはHIV/エイズ対策のうち、厚生労働省の行政範囲についての方針文書にとどまる。この指針は1999年に制定され、2006年に改正されたが、2001年の「HIV/エイズに関するコミットメント宣言」との調和も図られていないし、改正作業においてはHIV陽性者や市民社会の参画は不十分であった。

 次に、ii)については、先進国・途上国を問わず多くの国において存在する「国家エイズ委員会」といった機構は存在しない。そのため、省庁間の枠を越えた国家レベルのHIV/エイズ行政の責任主体が欠如しており、国家としてHIV/エイズ対策を包括的・効果的に進める調整機関も存在していない。存在するのは、各省庁に点在するHIV/エイズ関連の担当課長等を束ねた「関連省庁間連絡会議」のみである。

各省庁内の体制について見ると、まず、国内政策のうち、HIV/エイズと保健・労働に関わる行政については、厚生労働省(Ministry of Health, Labor and Welfare: MHLW)が管轄している。HIV/AIDSに関する保健行政の担当部署は健康局(Health Service Bureau)疾病対策課(Specific Diseases Control Division)である。他の性感染症については結核感染症課(Tuberculosis and Infectious Diseases Control Division)が担当しており、HIV/エイズと他の性感染症について統合的に対策を進められる体制になっていない。

 また、教育については文部科学省(Ministry of Education, Culture, Sports, Science and Technology: MEXT)の担当となっているが、同省は現状ではHIV/エイズ予防教育を含む性教育の導入自体に消極的である。人権については、法務省(Ministry of Justice: MOJ)が担当しているが、法務省の管轄施設である刑務所や外国人収容所においてHIV陽性者への差別や不当な扱いが表面化するなど、HIV/エイズに関わる人権の擁護は徹底されていない。

 国際政策のうち、二国間援助については外務省経済協力局(Economic Cooperation Bureau)、多国間援助については外務省国際社会協力部(Global Issues Department)が管轄している。一方、WHOおよびUNAIDSに関しては、厚生労働省国際課(International Affairs Division, Minister’s Secretariat)が担当している。

 モニタリング・評価については、HIV/エイズの動向について厚生労働省内に「エイズ動向委員会」(Committee on AIDS Trends)が設置され、HIV/エイズ事例報告の集約が行われているのみで、行政施策の実施のあり方についての有効なモニタリング・評価体制は存在していない。また、HIV/エイズ対策行政にHIV陽性者や感染の可能性に直面しているコミュニティ(communities at risk)、市民社会の参画を恒常的に保障するシステムは存在していない。

 日本政府と地方公共団体(local governments)との役割分担については、2006年の指針改正により、改善が試みられている。政府と地方公共団体の双方において、HIV/エイズに真摯に取り組む担当者は少なくないが、その専門的能力の有効活用や業務の継続が制度的に保障されていない。

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