アジア太平洋地域のHIV/エイズに関するアドボカシーとコミュニケーション戦略

アジア太平洋地域のHIV/エイズに関するアドボカシーとコミュニケーション戦略に関する実務協議

 国連開発計画(UNDP)のアジア地域HIVと開発プログラムが10月27、28日の2日間、スリランカ・コロンボ郊外のホテル・ブルーウォーターで開いた「アジア太平洋地域のHIV/エイズに関するアドボカシーとコミュニケーション戦略」策定のための実務協議の報告です。
 協議にはアジア太平洋地域を中心に22カ国のHIV/エイズ対策のアドボカシー活動と取り組むNGO関係者や行政官、報道およびエンタテイメント分野のメディア関係者ら約60人が出席しました。日本からの参加者は第7回アジア・太平洋地域エイズ国際会議の文化プログラム委員長だった宮田一雄(産経新聞論説委員)、エイズをテーマにした番組やニュース報道を数多く手がけてきたNHK国際放送局ニュース部の大村朋子チーフ・ディレクターの2人でした。
 協議初日と2日目の前半はカンボジア、インド、イラン、中国、タイ、パプアニューギニア、フィリピン、ブラジル、バングラデシュ、インドネシア、ミャンマーなど各国からのベストプラクティス報告が行われ、2日目の後半は、メディア、エンタテイメント、政策とアドボカシー、人口移動と人身売買、人権と偏見・差別、HIV陽性者の声をいかに社会に伝えるか-など、いくつかの分科会に分かれて討論が行われました。
 各国報告では、カンボジアの僧侶から仏教、イスラム教、キリスト教など異なる宗教の関係者が横断的に会合を持ち、農村部におけるHIV/エイズ啓発と陽性者支援のための活動に取り組んでいる様子が伝えられました。
 また、インドではBBCの資金により、HIV/エイズ啓発活動の目的で放映されているテレビの探偵ドラマシリーズが紹介された。ドラマは主人公の探偵がHIV陽性者であり、毎回のストーリーの中にも薬物注射、セックスワーク、ジェンダーの不平等、男性同性愛者に対する差別など、HIV/エイズに関連する社会的課題を盛り込んで、HIV陽性者への理解や予防行動の必要性などのメッセージを視聴者に送り届けることを目指しているそうです。ヒンズー語をはじめ7つの言語による吹き替え版で放映され、これまでに二億人近い人がこのドラマシリーズを見ているということでした。
 ブラジルからはエイズ専門のニュース通信社の代表が報告を行いました。この通信社は銀行の社会貢献基金の助成を受けて運営される非営利の組織であり、ブラジル国内の新聞社、テレビ局などにHIV/エイズに関する情報を提供し、メディアが積極的にHIV/エイズに関して報道することを促す役割を果たしています。インターネットの普及により、HIV/エイズの流行に影響を受けたコミュニティとマスメディアとを結ぶ通信社機能が非営利組織の形態で、政府からも独立して成立することが可能になったようです。

 今回の実務協議は戦略策定のファーストステップということで、協議の成果が今後どのようにアドボカシーとコミュニケーション戦略につながっていくのかはまだ、よく分かりません。アドボカシーと報道の間には、微妙な協力と対立の関係が内在している面もあるだけに、HATプロジェクトでもこの戦略プロジェクトに関する情報をできるだけ日本語化して伝えるようにしたいと考えています。とりあえず協議資料として用意されたコンセプトノートの全訳を以下に紹介します。 
                            (AIDS&Society研究会議理事、宮田一雄)


 アジア太平洋地域のHIV/エイズに関するアドボカシーとコミュニケーション戦略実務協議
  コンセプトノート

背景
 アジア・太平洋地域は世界で2番目に大きなHIV陽性者人口(820万人)を抱え、新規感染は最も多く、流行の重荷が急速に増していることから、HIV/エイズの世界的流行の新たなエピセンター(震源)となっている。この地域には、世界人口の60%が暮らし、多数の貧困層と国内および国際間の巨大な移住人口を抱え、HIV感染の拡大に拍車をかける社会経済的要因が深く根を下ろしている。それは、貧しい人々をますます窮乏状態に追い込み、ジェンダーや人権、行政、生活、社会サービスなど数多くの関連分野ですでに存在している不平等を一段と拡大させていくようなHIV感染の流行に対し、困難な闘いを続けている地域でもあることを意味している。流行の女性化が進行し、若者がHIV感染に対して脆弱になり、すでにHIVに感染したり影響を受けたりしている人に対する排除や恐怖、拒絶、偏見、差別などが拡大することによって、状況はますます困難の度を強め、極めて憂慮すべき事態をもたらしている。

 過去二十年間のHIV/エイズ対策とその結果は、HIV感染の拡大を抑え、人々に及ぼす影響を軽減するうえで、アドボカシーとコミュニケーションが中心的かつ不可欠な役割を担っていることをはっきりと示している。さまざまなレベルと影響領域におけるアドボカシーおよび独創的なコミュニケーションの活動は、現実にブラジルやタイなど世界中のHIV/エイズ対策の成功例のほとんどで、重要な役割を果たしてきた。違法とされてきた性産業を対象に実施された100%コンドーム計画にせよ、抗レトロウイルス薬を無料でHIV感染者に提供する政策せよ、はっきりとした戦略に基づき、適切な時期に政策決定を行うことが、何百万もの人の命を救い、被害を大きく減らし、各国を巨大な経済的損失から守ることになる。同様に戦略的かつ独創的なコミュニケーション・キャンペーンは、いくつかの国で、流行に対する第一次の防御ラインを形成し、流行の第2波の回避を助け、HIV/エイズとともに生きる何万もの人たちの生命と尊厳を守ってきた。しかし、この二十年間はまた、誤った情報に基づく政策と誤解の上に形成されたコミュニケーション戦略が、予防とケアのプログラムを困難にし、女性、セックスワーカー、男性とセックスをする男性など社会的に排除されがちなグループをはじめとする多くの人々に対し、重大な被害をもたらすことも世界に教えた。

 流行の拡大とともに、この地域ではHIV/エイズと関連する課題についての知識、流行が人々に与える影響への対処法、社会全体の態度なども進化してきた。流行が進行するにつれ、貧困、ジェンダーの不平等、特定のグループの社会からの排除、成長の格差、紛争、情報とサービスの欠如、特定層へのHIV感染の極端な影響などが、感染の拡大を促す社会経済的要因となっていることが明らかになっていった。HIV/エイズの流行がもたらす巨大な重荷は、貧困層や女性、若者、社会の周縁に追いやられた人々が背負っている。流行はますます女性化している(アジアの新規感染の3分の1以上が女性で占められている。この10年間で10%の上昇である)。新規感染の中で若者の占める割合は、驚くほど増えている。そして、抗レトロウイルス治療(ARV)の目覚しい効果にもかかわらず、アジア太平洋地域の人々の94%は最初の組み合わせの治療薬にさえアクセスを持っていない。さらに、20年を超える流行を経験した後でさえ、HIVに感染したり、影響を受けたりしている人々は強い偏見と差別、激しい人権侵害の標的となっている。大きな危険の伴う人口移動や人身売買、薬物使用などは、HIV/エイズの流行に対しアジア太平洋地域が抱えている脆弱性をさらに深刻化させている。言い換えれば、HIV/エイズの流行は、保健課題であった初期段階から、短期的にも長期的にも、重大な事態をもたらす複合化した開発課題へと移行している。HIVの流行はすでに短期的には緊急事態であり、長期的には開発の危機である。

 こうした文脈のもとで、アドボカシーとコミュニケーションの努力は、長期にわたって継続する流行に対応してきたかどうか、地域的な対策を強化するうえで十分な役割を果たしてきたか、分野を超え、人権やジェンダーに十分、配慮したものだったかといったことが問われている。この地域のアドボカシーとコミュニケーションの努力は現実を反映したものなのか、初期段階の「成功」に安心し、最初の頃に広がった隠喩的な見方や不完全な知識、ステレオタイプを脱することができず、いまなお新しいのに古く見える流行を扱うことに疲れてしまうといった罠にかかっていないのかについても検証する必要がある。

 UNDPのHIVと開発地域プログラムは、こうした観点から現状を検証し、アジア太平洋地域の現在のニーズに対応した包括的なアドボカシーとコミュニケーションの戦略を作ることを提案している。アドボカシーとコミュニケーションの努力によって流行の要因と今後の展開を把握するうえで有効な枠組みを提供するための戦略である。

この戦略の主な目的は以下のようなものである。
・政策決定者、社会一般、メディア、HIVと人間開発に関するさまざまな関係者らに対し、ジェンダー、スティグマと差別、治療へのアクセスと人権などの課題を含め、HIV/エイズの流行とその原因についてのより深い理解を促す。
 ・HIV/エイズに関する社会一般の理解と認識を深め、予防対策を支える。
 ・移住労働や人身売買など国境を越えた課題とHIV/エイズに関し、社会、政策決定者、メディアの理解と認識を深める。
 ・望ましい政策の変更を助ける-とくに人権、偏見と差別、治療、予防について。
 ・ジェンダーおよび人権に十分、配慮した環境を実現し、偏見と差別をなくす。
 ・すべてのコミュニケーション手段が創意工夫をこらしてHIV/エイズを取り上げ、コミュニティや社会全体、政府、その他さまざまな立場の人が参加できるようにする。
 ・メディアの関与を管理部門と現場の双方で強め、HIVと人間開発に関するメディアの認識を常に高める。
 ・HIV陽性者、女性、社会から排除されがちなコミュニティに対する固定化したイメージを打ち破り、人権中心の観点から捉えなおす。
 ・ICT(情報コミュニケーション技術)などの技術の活用につとめ、予防とケアに関する情報とサービスの提供を妨げる障壁を打破する。
 ・HIV/エイズ分野で企業の社会貢献活動を促す。
 ・メディア、アーティスト、企業、開発関係者らが知識と経験を共有するためのネットワーク作りと協力関係を促進する。

実施計画
 アジア太平洋地域のHIV/エイズに関するアドボカシーとコミュニケーション戦略は、地域内および世界各地から参加したアドボカシーとコミュニケーション分野の最も適切な専門家らによる協議プロセスを通じてまとめられる。このプロセスの第一段階は、2005年10月27、28日の二日間にわたる実務協議である。この協議には政策アドボカシー、メディア、エンタテインメント産業、広告、広報、クリエーティブ・ライティング、コミュニケーション、アートなどの分野のプロフェッショナルで、この地域のHIV/エイズ関連のアドボカシーおよびコミュニケーション活動と取り組んでいる人たちが参加する。協議にはまた、HIVと人間開発の専門家、HIV陽性者グループおよび社会から排除されやすいコミュニティの代表、国連機関やNGO、二国間、多国間援助関係者らも加わる。

 これまでの成果の検証と知識、経験の共有を通し、協議参加者はUNDPアジア地域HIVと開発プログラムによる包括的戦略のための青写真の作成を助けることになる。数人の実務協議の主要参加者からなる検証委員会が、協議参加者からの報告も含めて戦略作成の方向を示していくことになるだろう。参加者の専門分野は多様であることから、協議はメディア横断、分野横断的な知識の交換と学習プロセスにより厚みを増していくであろう。

UNDPアジア地域HIVと開発プログラムについて
 コロンボのUNDPアジア太平洋地域センターに事務局を置くUNDPアジア地域HIVと開発プログラムは、この地域における国境を越えた課題であるHIV/エイズの流行と開発に焦点をあて、ジェンダーの平等や持続可能な生活の維持、コミュニティの参加などを実現できるように、人権を重視し、多分野にまたがる統合的な対策を支援することを目指している。政策アドボカシーとアウトリーチ、人身売買を含む人口の流動とHIV/エイズ、能力開発、HIV陽性者のエンパワメントなどが重点分野である。

 アドボカシーとコミュニケーション、およびアートとメディアの組み合わせは、UNDPアジア地域HIVと開発プログラムの戦略の中心をなすものである。アジア太平洋地域におけるUNDPのアドボカシーとコミュニケーション分野の活動例としては、以下のようなものがあげられる。
 2002年のアジア太平洋地域メディア協議、アジア太平洋地域編集者懇談会、2003年と2004年のアートとメディアにおけるリーダーシップ・プログラムなどメディアとの間で現在進行中の協議とパートナーシップ;2003年の人身売買に関する南アジア女性法廷のような注目度の高いアドボカシーのイベント;インドの「アーティストによるHIV/エイズ対策全国キャンペーン」、MTV-UNDPサミットなど、アートおよびメディアとのパートナーシップ;南アジア人間開発報告書、YouandAIDSマガジン、ベスト・プラクティスなどの刊行物;「静かなる嵐」「セレブレーション・オブ・ライフ」などの多くの言語に翻訳された映画とマルチメディア素材;YouandAIDSポータルなどICTイニシアティブによるアウトリーチ活動の強化。

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