『HIV研究の25年』 POZ特集記事の要約


(解説)米国の雑誌POZは1994年に発刊され、今年(2019年)に創刊25周年を迎えました。その特集記事の一つとしてPOZのウェブサイトに掲載されている25 Years of HIV Research(HIV研究の25年)の日本語による要約です。著者のベンジャミン・ライアン氏はPOZの総合編集長ということです。


HIV研究の25年 
 このウイルスへの対応は人類の偉業の一つである
2019年7月1日、POZ特集記事(Benjamin Ryan)の要約
https://www.poz.com/article/25-years-hiv-research

 雑誌POZが創刊された1994年は、米国のエイズ危機がまさにピークに達する時期だった。その翌年には、これまでエイズの診断を受けたアメリカ人は50万人に達し、ほぼ3分の2はすでに亡くなっている。そして、ACT UPの非妥協的活動と、粘り強く真実を追及するカウンターカルチャー雑誌POZの向こう見ずなスタッフやライター陣が結びつくことで、際限のないホロコーストでもあり得た事態にペンの力で対抗していった。
そのとき奇跡が起きたのだ。1996年、HIV治療薬の最初の効果的な組み合わせが利用可能になり、この流行は事実上、一晩にしてラザロの時代を迎えることになった。人類に最も破壊的な影響を及ぼす邪悪なウイルスの1つを克服しようと決意した活動家や科学者たちの努力の結果として、1981年にエイズの公式症例報告が初めて行われてから15年がたって、ついに執行猶予期間が訪れたのだ。
四半世紀の間、POZはHIVパンデミックを制御するための世界的な取り組みに関し、科学の進歩がもたらした驚くべき成果とそれなりの挫折も交えたパレードを観る最前列の座席を提供してきた。科学者が総体として獲得してきたウイルスに対する洗練された知見は、人間の創意を表す史上最高の成果の一つであると主張しても誇張ではないだろう。
しかし、この大仕事も実は、まだ緒に就いたばかりである。HIV陽性者の生活の質は確かに改善したが、世界中の何万というHIV研究者が直面する課題は巨大であり、果てしもなく広がっている。効果的な治療薬や予防薬、ワクチンを開発し、治癒を実現させるだけでは、このウイルスを消滅させることはできない。このRNAウイルスが社会の無数の弱点と欠点をつき、世界中でこれまでに7700万もの人が感染し、その半数が死亡するといった重大な影響をもたらすに至ったのはどうしてなのか。迷路のように入り組んだその社会文化的、地政学的なパズルを解かなければ、流行を終結に導くことはできないのだ。
 過去25年間の科学的な成果を何らかの指針として生かすことができれば、見通しは明るいだろう。


医薬品開発
いまHIVと闘う基盤となっているのは、5つに分類され、すでに承認されている28種の抗レトロウイルス薬(ARV)であり、それらの薬を組み合わせて1日1回1錠の服薬で十分な効果が期待できる13のシングルタブレットレジメン(SDR)である。多剤耐性ウイルスに感染している人には最近、抗体療法Trogarzo (ibalizumab)が利用可能になっている。さらに体内のARVのレベルを増加させるブースターとして、Norvir (ritonavir) かTybost (cobicistat)が含まれる場合もある。
現在ほどARVの質が高くなかった1990年代の初頭には、エイズ患者の生存期間を何とか延ばすことが希望だった。1987年に最初のARVであるレトロビル(ジドブジンまたはAZT)が承認されて以降、1種類または2種類のヌクレオシド/ヌクレオチド逆転写酵素阻害剤(NRTI)だけでHIVを治療しても、ウイルスを打ち負かすのに十分ではないことがすぐに判明した。実際、こうした治療は薬剤耐性ウイルスを生み出し、治療の選択肢を狭めてしまうことが多かったのだ。
米食品医薬品局(FDA)は1995年12月、最初のプロテアーゼ阻害剤であるインビラーゼ(サキナビル)を承認した。翌年の6月には、ヴィラムネ(ネビラピン)が最初の非ヌクレオシド系逆転写酵素阻害剤(NNRTI)として市場に出回るようになった。臨床の医師はついに3つのARVの「カクテル」を処方できるようになったのだ。この治療法によって、HIVに感染した人の体内でウイルス量を検出限界以下にまで抑えられることも、新たに承認されたウイルス量検査によって確認できた。
 1996年から97年にかけて米国のエイズによる死者数は47%減少している。
問題は、それらのARVの中には毒性が非常に強く、リポジストロフィーや糖尿病などの深刻な副作用を引き起こすものがあることだった。さらにHIV治療は、服薬のスケジュールが厳格に決められ、厳しい食物摂取の決まりに従って毎日、多数の錠剤を服用しなければならなかった。そうした負担があることで、ARVの処方をきちんと守れない人も多く、結果としてウイルスのリバウンドや薬剤耐性の発生を招くことになった。
 2000年代に入って新しい薬が登場すると、服用はそれまでより容易になり、スケジュールを以前ほど厳格に守ることができなくても耐性ウイルスの出現はある程度、防げることも判明した。それが服薬継続を助けることになった。2006年にはアトリプラ(エファビレンツ/テノホビルフマル酸ジソペロキシル/エトリシタビン)が最初のSTR(一錠の配合剤)として承認されている。さらにFDAは翌年、非常に強力で許容度の高い最初のインテグラーゼ阻害剤としてアイセントレス(ラルテグラビル)を承認した。
これらの医薬品の開発と全体的なHIV陽性者ケアの改善により、ARV治療を受けている人の平均余命はHIVに感染していない人とほぼ同等に近づいている。それでも、研究者はHIV治療のツールキットの改良と改善を続けている。
最近の2年間では、ジュルカ(ドルテグラビル/リルピビリン)とドヴァート(ドルテグラビル/ラミブジン)の2剤のみのSTRが登場している。毎月1回の長時間作用型注射薬も2019年後半に承認を得る可能性が高い。さらに年に2~4回で済む長時間作用型抗体治療も近い将来、実現しそうだ。


治療開始時期の問題
 ARV三剤療法の初期には、長期的な完全抑制療法が実質的なHIVの治癒につながるという誤った考え方のもとで「より早く、より強く」という治療法が勧められた。米保健福祉省(HHS)は1998年、HIV陽性者のCD4数が500以下に減少したらARVを開始するよう推奨している。
3年後には、HIV陽性者に対する初期のARVの厳しい副作用を可能な限りやわらげ、薬剤耐性の出現を減らすために、HHSは方針を180度、転換した。ARV治療の開始はCD4数がエイズ発症の定義となる200以下になるまで待つよう助言したのだ。
こうした試行錯誤の間には、HIV陽性者が免疫系に持続的な損傷を受けずにARV治療を定期的に休む「服薬の休日」が可能になるとする様々な研究報告が出された。2002年に開始された無作為化比較対照試験SMART研究は、研究におけるゴールドスタンダードを用いてその確認を目指すものだった。しかし、2006年には「服薬の休日」が事実上、HIV疾患の進行と死亡のリスクを高めることが明らかになり、この画期的な研究は当初計画の何年も前に終了している。
SMART研究によって治療の中断が有害な炎症を引き起こすことが分かり、HIV研究は大きな衝撃を受けた。この研究は結局、2011年に始まる無作為化比較対照試験START研究へとつながり、ARV の開始時期をCD4値が500の段階にするか、350以下まで待つか、どちらに健康上の利点があるかを検討することになった。
 無作為化比較対照試験のエピソードを繰り返すかのように、START研究も予定を1年以上早め、2015年に治療待機群の取りやめを決定した。HIV治療を早期に行うことがエイズの対象疾患やその他の深刻な病気のリスクを減らすことがすでに明らかだったからだ(研究そのものは、最初から治療を受けていた人と遅れて治療を開始した人との間の長期的な健康状態の違いを評価するために続けられた)。
START研究により、HHSは2008年にARV開始勧告のCD4値を350 とし、2010年には500に引き上げ、その後、感染が確認されたら直ちに治療を開始するよう大急ぎで勧告している。
20年たってHIV治療のプロトコルはグルっと一回りして元に戻っていた。


予防
 コンドームが唯一の選択肢であるとされていた流行の初期段階から、HIV予防の定番はHIVの生物医学的予防として知られているもの-すなわち伝染を阻止するための薬物の使用-に基づいていた。
 1994年に発表された主要な研究は、HIV陽性の妊婦がAZTを服薬すれば、HIV母子感染は防げることを発見している。1987年のAZT承認後まもなく、医療従事者は職業上、HIVに曝露した可能性があれば、曝露後のARV接種で対応するようになった。
2005年には、HIVに曝露した可能性のある時点から48~72時間以内にARVの三剤処方を開始し、1カ月間続ける曝露後予防服薬(PEP)の効果について十分な研究結果が得られたことから、米疾病管理予防センター(CDC)は職業的曝露とともに性感染についてもPEPの対象に含めるようガイドラインを改訂した。
 1990年代半ばの研究結果によると、注射器サービスプログラムで注射薬物使用者にきれいな針と注射器を提供すればHIV感染のリスクを減らせることが分かった。
HPTN 052、PARTNER、Opposites Attractの3つの研究は2011年から、HIV治療が成功すれば感染も防げるという仮説を裏付けるデータを雪崩のように発表してきた。2018年に第2次PARTNER研究が調査結果を発表する頃には、以下の科学的コンセンサスが世界で共有されるようになった:体内のウイルス量が検査の検出限界以下の状態を維持しているHIV陽性者からセックスを通じて他の人にウイルスが感染することはない。
 一方で、2010年には無作為化比較対照試験のiPrEx研究で、ツルバダ(テノホビルジソプロキシルフマル酸/エトリシタビン)を曝露前予防(PrEP)として服用したHIV陰性の人たちがHIV感染のリスクを大幅に低下させたことが明らかになった。その後の研究で、錠剤を毎日服用すれば、男性とセックスをする男性(MSM)の間で99%以上、異性間の女性で少なくとも90%のHIVリスク削減効果があるとされている。最近では、フランスのIPERGAY研究で、男性同士のセックスの前72時間以内にツルバダを服用すれば、PrEPとして効果が大きいことも確認されている。
 2019年末までに、FDAは新しいPrEPのオプションを承認する可能性がある:デジコビ(テノフォビルアラフェナミド/エムトリシタビン)はツルバダと同じ成分だが、テノフォビルの更新バージョンが含まれ、骨と腎臓の状態に関するマーカーの改善が示されている(実際に使用した場合、デジコビがツルバダより骨や腎臓に対する副作用を防げるかどうかはまだ分かっていない)。8週間ごとの注射による長時間作用型PrEPも2023年ごろには市場に出るかもしれない。研究者はさらに長時間作用型PrEPの研究を進めており、数カ月にわたってゆっくりと予防薬を放出するインプラント型の開発も計画されている。
HIVワクチン開発は、1998年に開始した第3相試験以来、大規模研究が繰り返し失敗に終わり、不本意な状態が続いている。タイで実施され、2009年に発表された後期ワクチン研究だけが、HIV感染のリスクを31%減らすという一応の有効性を示した。研究者はその結果に基づき、より効果の高いワクチンの開発を目指してきた。現在は2つのワクチン候補の後期試験が進められ、少なくとも50%の効果が証明され、2020年代の半ばには世界的な展開が正当化できるようになることを専門家は期待している。
サハラ以南のアフリカでは自発的男性器包皮切除に関する3つの無作為化比較対照試験が実施され、女性から男性へのHIV感染リスクが約60%低下したとの中間報告があった。この報告により、アフリカ全体で何百万人もの男性の性器包皮切除が推奨されるようになり、女性、男性両方のHIV感染率の低下につながっている。
HIV感染予防のためにARVを含むゲルや液体を膣や直腸に注入するマイクロビサイド(微生物殺菌剤)の開発には十年以上にわたる努力を重ね、数多くの挫折を経て、毎月1回、膣リングを挿入するという1つの製品開発に何とかこぎつけた。現在、承認を待っているリングは、控えめなレベルではあるが感染防止効果が認められている。一方、マイクロビサイド研究に対する米国の資金調達の優先度は低下しており、同種の予防製品の開発には疑問が持たれている。


治癒
後にティモシー・レイ・ブラウン氏と分かる男性患者「ベルリン・ペイシェント」が2008年、HIV感染からの治癒を果たしたというニュースは、眠りかけていたHIV治療研究を再び活性化させることになった。ブラウンは白血病治療のために幹細胞移植を受け、そのドナーがHIVに耐性のある免疫細胞を引き起こす遺伝的特質を有していたことから、ブラウンにもその特質が受け継がれたのだ。
研究資金の拡大を背景にしてHIV治癒の研究者は増え、長期にわたって免疫細胞内に隠れているウイルスの裏をかくにはどうしたらいいのかという課題に取り組んでいる。ウイルスの貯蔵所と総称される潜在的な感染免疫細胞は、ウイルス複製を繰り返す細胞に効き目がある標準的なARV治療のレーダーを免れ、生き残っているからだ。
治癒やウイルス寛解、ARV治療終了後のHIV制御などを何らかのかたちで実現し、広く再現可能にするという長い道のりに向けて、考えられる道筋は現状でもいくつかある。一つは「キック・アンド・キル」と呼ばれる戦略で、潜在的な感染細胞を刺激して眠りから覚まし、免疫系がその細胞を攻撃できるようにするのだ。もう一つは、ブラウンのようにHIV耐性の免疫系を育てる試みで、個人の細胞を遺伝的に改変することになる。ただし、彼が受けたような生命にかかわりかねないがん治療は必要としない。三番目は「ブロックとロック」と呼ばれ、感染細胞が目を覚まさない状態を維持して、新しいウイルスを解き放たないようにすることを目指している。


その他の健康状態
体内のウイルス量が検出限界以下に抑えられているHIV陽性者でも、様々な症状が出てくるリスクはあり、その多くは老化に関連している。HIVに感染していると、一般人口集団よりも若い年齢で発症する傾向があるのだ。心血管疾患、各種の癌、糖尿病、高コレステロールおよび高血圧、腎臓および肝疾患、慢性疼痛、認知機能低下、骨密度の低下、胃腸障害といった問題は、部分的にはHIV陽性者が全体的に高齢化していくことによって引き起こされる面もある。
治療状態が良くても、これらの症状が出てくるのは、慢性の炎症状態が寄与しているためではないかと医学者たちは考えている。2023年に完了予定のREPRIEVEと呼ばれる大規模な無作為化比較対照試験は、HIV陽性者にコレステロール低下薬のスタチンを処方することで炎症を緩和し、心血管や他の様々な病気、および死亡のリスクを低減できるかどうか、見極めようとしている。
 HIV陽性者は集団としてみれば、主要な疾患、特に喫煙やB型・C型肝炎ウイルス(HBVおよびHCV)との重感染を高めるような危険因子の割合が高い集団でもある。幸いなことに、新しいC型肝炎治療はHCV感染の治癒を可能にし、HBVは治療可能であるだけでなく、予防ワクチンもある。
さらにARV自体も、特に古いものは、数多くの健康上の問題を引き起こすことがある。精神疾患や薬物依存症もまた、HIV陽性者の健康と福祉を損なうおそれがある。
 こうした悪影響のすべての組み合わせの結果、HIV陽性者の多くは所得が低く、適切な食物と栄養、住宅、交通、育児、保健医療へのアクセスなど基本的なニーズを満たすのにも苦労する状態に置かれている。
このような複雑な状態に対応するため、HIVのケアと治療の改善をはかる研究は、一人ひとりの個別のニーズに総合的に対応できるよう学際的で全体的なアプローチを取る必要がますます大きくなっている。究極の目標は、HIV陽性者が長く健康な生活を送るというだけでなく、本当に充実した日々を過ごすことができるよう、包括的でしっかりとしたサポートを提供することなのだ。



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