第99回エイズ&ソサエティ研究会議フォーラム報告「検査をめぐる5W1H」


第99回エイズ&ソサエティ研究会議フォーラム報告「検査をめぐる5W1H」(2009年1月28日)

 エイズ&ソサエティ研究会議(JASA)の第99回フォーラムは1月28日夜、「検査をめぐる5W1H」をテーマに、ねぎし内科診療所(東京都新宿区四谷三丁目)で開催され、約30人が参加した。エイズの原因ウイルスであるHIV(ヒト免疫不全ウイルス)の感染の有無を調べるHIV検査は、受検希望者が自らの意思で保健所や医療機関を訪れ、自発的に検査を受けるVCT(Voluntary Counseling and Testing 自発的相談検査)が原則とされてきた。しかし、最近は医療機関で医師が積極的に検査を勧めるPITC(Provider Initiated HIV Test and Counseling 医療提供者主導検査相談)の必要性を指摘する動きも強まっている。

今回のフォーラムでは、厚労省のHIV検査相談体制に関する研究班の研究代表者である慶應義塾大学医学部微生物学・免疫学教室の加藤真吾専任講師が綿密な文献調査をもとにHIV検査に関する国際的な動向を報告した。加藤さんはその中で、PITCの必要性が指摘されるようになる経緯や克服すべき課題を分かりやすく説明し、わが国の検査相談体制についても言及した。PITCに関しては、国際的な動向の都合のいい部分だけをつまみ食いするかのような議論も国内の一部に見られる中で、全体像を把握することのできる極めて有意義なフォーラムとなった。(宮田一雄)


◇国際的なPITCガイダンス(指針)

 PITCの実施については、世界保健機関(WHO)と国連合同エイズ計画(UNAIDS)が2007年5月30日に《医療機関におけるPITCガイダンス》を発表している。医療提供者主導の検査はどんな状況のもとで、どのようなことに留意しながら実施していくべきなのかをまとめた指針である。

 加藤さんは報告の中でまず、この指針の要点を紹介し、さらに《どうしてこうした指針が作られることになったのか》についても説明した。指針の要点は、(1)PITCは4種類に分類できる (2)HIV/エイズの流行段階により対応は異なる (3)実施に際しての留意点が詳細に示されている―などだという。

(1)のPITCの分類は以下のようになる。
 ・診断のための検査  HIV感染が推察しうる症状がある患者に実施    
 ・スクリーニング   一定の人口層全員を対象に実施
 ・ターゲッテド検査  行動や臨床、人口統計的特性から感染リスクが高いと考えられる人に絞って実施
 ・強制的検査   献血や臓器、細胞提供者に対し義務付けられた検査

(2)については、HIV/エイズの流行を《低流行期》《局限流行期》《広汎流行期》の3段階に分類し、《広汎流行期》に達している地域と《低流行期》《局限流行期》にある地域では対応が異なることが示されている。

 広汎流行期(HIV感染が社会全体に拡大。妊婦の陽性率1%以上)→HIV感染の可能性のある症状の有無や医療機関を訪れた理由にかかわらず、すべての患者に検査と相談を広く推奨する。

局限流行期(陽性率5%を超える特定集団が存在。妊婦の陽性率は都市部でも1%以下)/低流行期(いかなる集団内でも陽性率が5%を超えていない) →疫学的または社会的な状況により、政府は特定の医療機関ですべての患者を対象にしたHIV検査とカウンセリングの推奨を検討する。

(3)のHIV検査相談の留意点には以下のようなものがあげられている。
・Consent(同意)、Confidentiality(秘密保持)、Counseling(カウンセリングの提供)の《3つのC》が必要。
・自発的で秘密が守られ、本人の同意があることが前提。
・患者には検査を断る権利がある。本人の意思に反し、知らない間に検査が行われる、適切な情報提供がない、結果が本人に伝えられない、といったことがあってはならない。
・検査前の情報提供、検査後のカウンセリングは依然、不可欠。
・HIV感染を知ること、明らかにすることで患者が差別や迫害などの不利益を受けることがないような支援が必要。
・検査を適切なHIV予防、治療、ケア、支援のサービスにつなげる。
・何が患者個人に最良の結果をもたらすのかを判断基準に実施する。
・PITCでは、強制的、もしくは義務的検査は推奨されないし、そのように解釈すべきでもない。
・何が有効で、何が倫理的なのかは国によって異なる。PITCはこの点を認識し、市民社会グループなど利害を共有する当事者との協議のもとに進める。
・PITCの実施には、患者に最大限の利益をもたらし、潜在的な被害は最小化するよう社会、政策、法律的枠組みを整える努力を同等に払わなければならない。
・PITCのモニターと評価のシステムを開発し、作動させなければならない。


◇指針はなぜ作られたのか

WHOとUNAIDSがPITC実施のためのガイダンスをまとめることになる背景には、米疾病対策センター(CDC)のHIV/エイズ予防サーベイランス疫学部長やケニア部長を歴任した疫学者、ケビン・デ・クック博士が2006年、WHOのHIV/エイズ部長に就任したことがあげられる。デ・クック氏は米ブッシュ政権下で提供者主導によるオプトアウト(積極的に拒否しない人には全員、検査を行う)方式の検査を推進した専門家のひとりで、WHOにも米CDC時代の発想を持ち込もうとしたとみられる。WHOで《Provider-Initiated HIV Testing and Counseling in Clinical Settings: Operational Recommendation》という検査推進のための草案を作成し、この草案がWHO、UNAIDS内部の非公開協議を経て、06年11月にパブリックコメントを募集するため公表された。

このときに寄せられた約150件の意見を踏まえ、07年5月30日に報告書の最終バージョンが発表されたが、その内容は《流行地域別に対応を分ける》《PITCの実施はARTの拡大とともに進める》《VCTの重要性もあわせて明記する》などの点が盛り込まれ、最初の草案とは大きく内容が異なるものとなった。

《アフリカの破壊的な流行に対し、公衆衛生と司法手続きによるHIV/エイズの予防とケアのより現実的な対策の枠組みを提供できたはずなのに、人権に基づくアプローチでその効果が妨げられたかもしれない》(Shadow on the continent: 21世紀アフリカの公衆衛生とHIV/エイズ Kevin M De Cock, Dorothy Mbori-Ngacha, Elizabeth Marum Lancet 2002; 360: 67-72)といった考え方が根底にあるデ・クック博士に対し、むしろ《人権に基づくアプローチ》の側から牽制球が投げられたかっこうだ。


◇米CDCのHIV検査見直し提言 
 
 デ・クック博士の草案の考え方に近いものとしてはむしろ、パブリックコメント募集の草案発表に先立ち、米CDCが06年9月22日にMMWR(疾病死亡週報)で発表した《医療機関における成人、若者、妊婦のHIV検査の見直し提言》があげられる。以下のような内容の提言である。

《HIV感染のスクリーニング》 すべての医療機関で13~64歳の患者全員にルーティン(ふつう)にHIV検査を実施する。
・患者のHIV陽性率が0.1%以下でない限り、医療提供者は検査を勧める。(0.1%以下であることが明らかなら実施の必要はない)
・結核治療を受けている患者全員に勧める。
・性感染症の治療を受ける患者全員に勧める。
   -新たな受診時にはその都度、実施。
   -HIV感染のリスクのある行為が疑われるかどうかを問わずに実施。

 《スクリーニングの継続》 医療提供者はHIV感染のリスクが高いと思われる人には少なくとも年1回の検査を続ける。
-HIV感染のリスクが高いと思われる人には、薬物注射使用者とその性パートナー、現金や薬物と引き替えにセックスを提供する人、HIV感染者の性パートナー、本人もしくは性パートナーが直近のHIV検査以降に複数の相手とセックスをしているMSM(男性とセックスをする男性)または異性愛者が含まれる。

 《同意と検査前の情報提供》
・スクリーニングは患者本人が検査の実施を理解し、自発的に受ける。
・患者が口頭または文書で断らない限り検査が行われることを伝える。(opt-outスクリーニング)
-口頭または文書による情報には、HIV感染に関する説明や検査結果の意味が含まれる。患者には質問と検査を断る機会が提供される。
-他のスクリーニング検査や診断検査と一緒の一般的なインフォームド・コンセントがあればいい。HIV検査だけ別個に同意をとることは推奨できない。
・その地域の日常、使われる言語で分かりやすく情報をまとめた資料を用意する。英語が得意でない患者には通訳またはバイリンガルの職員による手助けが必要。
  ・患者が検査を断った場合には、その旨を医療記録に記載する。

 《パートナーに対するカウンセリングと照会》
・HIV感染が確認された患者が配偶者や現在の性パートナー、過去の性パートナーに感染を知らせ、相手にも検査を受けるよう告げることを医療提供者は患者に勧める。
・保健担当者は患者の感染の有無を明らかにしないでパートナーに感染について知らせ、カウンセリングを行い、検査につなげる支援を行う。 
・医療提供者は新たにHIV感染が判明した患者に対し、パートナー告知に関する任意のインタビューのために保健担当部局の職員からの接触を受けるかもしれないということを知らせる。 


◇オプトアウト方式への疑問

米CDCの見直し提言で推奨されているオプトアウト(opt-out)方式は、これまでのVCT(自発的相談検査)の枠組みの範囲に入るものなのか、それともVCTとは一線を画した新たな考え方を打ち出したものなのか。評価はまだ定まっていない。WHOとUNAIDSによる前出のガイダンスが、デ・クック博士の当初草案とはかなり異なる内容に落ち着いたことでも明らかなように、opt-out方式によるスクリーニングに対する疑問や否定的見解も様々な方面から指摘されている。加藤さんによると、主要な疑問点は以下のようになる。

  ・自発的といえるのか。
・十分なインフォームド・コンセントが得られるか。
  ・費用対効果が高いといえるのか。
  ・そもそも実行可能なのか。
・誰が検査の費用を負担するのか。

また、加藤さんは報告の中で、opt-out方式のスクリーニングに関する次のような見解も紹介した。
《全米で実施されているわけではなく、州によって実施状況は異なる。ニューヨーク州などでは、医療機関での検査の実施には文書による同意が必要になっている》(JAMA2008; 300(8)945-941)
《opt-out方式のスクリーニングとターゲットを絞ったVCTの比較では、HIV陽性率が0.3%でも費用対効果は後者の方が高い》(David R. Holtgrave PLoS Medicine 2007 4(6) e194 1011)

疑問点に対し必ずしも明確な答えが示されているとはいえず、予防対策面からの検査普及の必要性を認めつつもなお、普及の手法をめぐっては議論の余地が大きく残されているようだ。


◇治療ガイドラインの改定と治療の早期開始への動き

 PITC導入を促す動きとあわせ、HIV感染の早期診断と早期の治療提供を感染予防対策にも活用しようという議論が活発になっている。09年に米保健衛生局(DHHS)やWHOの抗レトロウイルス治療(ART)に関するガイドラインが改訂され、治療開始時期を早める傾向が顕著になっているのもその現れだ。加藤さんはそうした動きについても、DHHSが09年12月1日に更新した《HIV1感染の成人、若者に対する抗レトロウイルス薬使用のガイドライン》の主要改訂点を説明するかたちで報告した。提言にはARTの早期開始について以下のような指摘がなされているという。

・エイズと定義された疾患歴があるかCD4値350以下のすべての患者にはARTを開始すべきである。
・CD4値が350~500の患者にもART開始が推奨される。どこまで強く推奨するかについては意見が分かれた。55%の委員は強力な推奨、45%の委員は中程度の推奨を求めた。
・CD4値が500以上の患者に対しては、治療を開始した方がいいという意見と治療は選択にまかせるべきだという意見が半々だった。

《治療のゴール》 現在のARTでは感染した人の体内からHIVを完全に排除することはできない。CD4陽性T細胞内への感染がHIVの初期急性感染期には確立して長く潜み、血液中にウイルスが現れるのを隠すことになるからだ。ART開始決定の際に目指すべきゴールは以下のようになる。
  ・血液中のHIV量を長期にわたって最大限、低く抑える。
  ・HIV関連疾病の発症を減らし、生存期間を延ばす。
  ・生活の質を改善する。
  ・免疫機能を回復、維持する。
  ・HIV感染を予防する。  


◇想定しうるART早期開始の問題点

ARTの早期開始には利益もあるが、限界も考えられる。HIV治療の開始は遅い方がいいという従来の考え方に関しては、薬剤の長期的な毒性(副作用)および薬剤耐性ウイルスに対する懸念が根拠となっていた。CD4値が高い段階(たとえば500以上)でのARTの開始に関して、そうした懸念が払拭されたわけではない。

一般的には、新しい抗レトロウイルス薬の組み合わせの方が毒性は少なく、服薬もしやすいし、効果も高いことが期待できるとはいえ、新しい薬には長期にわたる安全性のデータが少ない。CD4値350以上の段階での治療開始を支える分析(たとえばNA-ACCORD、ART-CC)は、実際の治療の場で広く使われているのとは異なる組み合わせの治療法によるコホート研究のもとで行われており、薬剤毒性や耐性、服薬継続性などの情報には欠けているとの指摘もある。

最近の治療ガイドラインの改定やopt-outスクリーニングの導入を期待する国際的な動きに対し、加藤さんは、治療の開始を早めることの悪影響について十分な検討を経ないまま《検査して陽性なら治療》という方向に舵を切ってしまったのではないかとの懸念を示している。また、ARTで血中のウイルス量はほとんどゼロ(検出限界以下)になったとしても、精液中のウイルスは血液中ほどには減少しないことも指摘し、予防としてARTを考えるには、血液中のウイルス量だけでなく、精液中のウイルス量や感染細胞数を見ておく必要もあると語った。


◇わが国におけるHIV検査相談の重点課題

 国際的な動向を踏まえ、加藤さんはわが国のHIV検査相談のあり方について以下のような課題をあげている。

・保健所等におけるHIV検査相談の充実
  - 無料、匿名、自発的
  - ケア・医療への紹介
  - 感染予防のためのアドバイス
  - 心理面を配慮したうえでのパートナー検査推奨

・利便性の高い特設検査相談施設の拡充
  - 利用者の多い場所 
  - 夜間、土日
  - 即日検査か通常検査かを選択

・感染のリスクにさらされやすい集団での検査拡大
  - HIV検査が規範となるような啓発活動
  - 客観的情報(感染状況、早期診断・早期治療のメリットと予想される不利益、最新治療法)の提供

・医療機関での検査拡大
  - 診断のための検査(他の性感染症患者、スムーズな保険適用)
  - 民間クリニックでの自発的有料検査(他の性感染症検査も含む)
  - 自発性にもとづくパートナー検査の推奨
     →医師との間の信頼関係が必要 

 全体のHIV陽性率が0.05%以下と推定される低流行地域の日本の現状では、すべての人を対象にするようなスクリーニング検査は実施すべきではない。日本の場合、国内でHIVに感染している人の30%程度しか自らのHIV感染を知らない(つまり70%が知らない)と推定されている。一方、米国では75%が自らの感染を知っていると推定されているが、それは最近のPITCの成果とは必ずしもいえず、感染を知る人が増えたのはむしろVCT普及の成果なのではないかという分析もある。

PITCで、オプトアウト方式が採用されると、受けたくない人はHIV検査を受けないことを積極的に表明しなければならなくなる。HIV陽性率が比較的、低い社会では、そうしたやり方で検査の普及が進むとは考えにくい。むしろVCTによる検査の普及を地道に進める必要があるし、その余地もある。とりわけ、社会的に立場が弱く、HIVに感染しやすい層には、インフォームド・コンセントによるオプトイン(opt-in、検査を希望する人だけが検査を受ける)方式による検査の普及を考えるべきではないか。

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