第90回AIDS&Society研究会議フォーラム報告

 第90回AIDS&Society研究会議フォーラム 『異性間のパンデミックは去ったのか~エイズの流行と国際保健行動指針』

 日時 9月3日(水)午後6時半~8時半
 場所 ねぎし内科診療所
     (東京都新宿区四谷三丁目9 光明堂ビル5階)

 AIDS&Society研究会議の第90回フォーラムは9月3日夕、東京都新宿区四谷三丁目のねぎし内科診療所で開催され、約20人が参加した。

 前半の1時間はG8NGOフォーラム・保健医療ワーキンググループ・リーダーの稲場雅紀氏が『異性間のパンデミックは去ったのか~エイズの流行と国際保健行動指針』をテーマに講演し、後半は参加者によるディスカッションが行われた。21世紀に入ってダイナミックな展開を見せる国際保健分野の動きの中でHIV/エイズとの闘いをどう位置づけるのか。国内のエイズ対策のあり方を考える際にも不可欠でありながら、普段は見過ごされがちな課題に関し、貴重な議論の機会を提供するフォーラムとなった。

 稲場氏は今年、5月の第4回アフリカ開発会議(TICADⅣ=横浜市)、6月の国連エイズ対策ハイレベル会合(ニューヨーク)、7月の北海道洞爺湖サミット(北海道洞爺湖町)、8月の第17回国際エイズ会議(メキシコシティ)など、国際保健とエイズ対策をめぐる最近の重要な会議のすべてに参加し、この分野における世界の動向を詳しく把握してきた。そうした体験を踏まえ、講演では最初に《エイズ援助の増大と「懐疑論」の台頭》について報告した。1年ほど前から欧米では「エイズ対策に資金が集中しすぎではないか」といった意見が発表され、それが大きな論争を生み出してきたからだ。

 稲場氏によると、エイズ対策分野の途上国向け援助資金は1990年代にはほとんど増えていないが、2001年以降、大きく増額されるようになった。2007年には、その金額が日本円にして年間約1兆円に達し、さらに2008年には米国で今後5年間に480億ドルの資金拠出を約束する第2次PEPFAR(米大統領エイズ緊急救済計画)が承認されている。懐疑論はそうしたことを背景に、「国際保健の中で、エイズ対策の資金拠出が分不相応に多く、バランスを欠いている」「エイズはすでに《特別》な病気ではなくなっているのだから、特別扱いはやめ、他の疾患と同等の扱いをすべきだ」といった主張のかたちをとって登場している。

 また、この懐疑論により、垂直的アプローチ(個別疾病別対策)と水平的アプローチ(プライマリー・ヘルスケアの拡大と保健基盤の強化)のどちらを優先させるべきかという水平垂直論争も一時、過熱化した。ただし、この古くて新しい論争は、過去にもマラリア対策、結核対策などをめぐってそれぞれに部分的な成功と失敗を経験しながら今日に至っているという経緯もあるため、最近は、両者を対立的にとらえることを避け、相互に補完するアプローチとして見ていこうとする考え方が趨勢をしめるようになってきているという。

 こうした動向を踏まえつつ、稲場氏は懐疑論に反論するかたちで、(1)90年代にエイズは黙殺されてきたことが見過ごされている (2)エイズ対策の額を下げることでは問題は解決しない という2つの問題点を指摘した。

 (1)についていえば、1990年代にはエイズ対策に必要な資金の増額がほとんどはかられてこなかった中で、アフリカのHIV感染が拡大していった経緯があり、それを抜きにして、2000年以降の増額だけをとりあげることの不当さは、途上国のHIV/エイズとの闘いの現場からも常々、指摘されてきたところである。この点に関し、稲場氏は《2000年代のエイズ援助資金増大は「遅きに失した」とはいえるが、「問題の巨大さに釣り合わない」とはいえない。早期の対策に失敗した世界の責任である》と懐疑論に対する反論を要約した。

 一方、(2)について稲場氏は、HIV/エイズ分野で当事者運動が資金拡大のモメンタム(勢い)を作ってきたことの重要性を強調した。

 個人的な感想をいえば、HIV/エイズとの厳しい闘いの最前線にさらされた人たちがやっとの思いで生みだしてきた勢いを他分野に広げることこそがいままさに必要とされているというのに、逆に足を引っ張ってせっかくの勢いをそぐような動きを画策するなどということが、とびきりの底意地の悪さや悪意を持つこともなくできるとしたら、それは単に恥知らずなだけだろう。

 稲場氏はまた、「世界的に見て、国際保健には、ミレニアム開発目標(MDGs)達成のための必要額が適切につぎ込まれているとはいえない」と付け加え、国際保健を重要課題として位置づけた北海道洞爺湖サミットについても、NGO側の観点から報告した。

 北海道洞爺湖サミットでは、日本政府は昨年11月から国際保健を重要課題としてして位置づけ、準備をすすめてきた。その成果として「国際保健に関する洞爺湖行動指針」がサミットの成果文書として採用され、首脳宣言でもこの指針を歓迎した。この指針の重要な点は保健システムの強化と感染症対策のバランスのとれた拡大を目指すという方針が明確に打ち出された点だという。

 指針自体はG8各国政府の保健専門家が作成を担当した政府間の合意文書なのだが、そこに盛り込まれた内容には、NGOの意見もかなり反映されている。もちろん、NGO側にとって100%満足という内容なわけではなく、とりわけ資金面では踏み込んだ約束がほとんどなされずに期待外れの結果に終わった面もあるのだが、それでも約束の履行状況を毎年検証する仕組みを作ることが決まるなど、今後につながる成果を残すかたちにはなった。準備作業の段階からNGOが積極的に関与の姿勢を示し、G8政府の方も幅広く意見を吸収できる枠組みを確保する努力をしてきたことは評価すべきであり、今後は約束の実現に向けたフォローアップの作業をしっかり行う必要があるだろう。

 稲場氏によると、北海道洞爺湖サミットに市民社会からの意見が反映されるよう国際保健分野のNGOが中心になって作ったG8NGOフォーラム・保健医療ワーキンググループでは「われわれの中では、水平対垂直の対立的議論はやめよう」という共通の了解のもとで、洞爺湖行動指針に向けた議論が積み重ねられていった。また、メキシコシティの第17回国際エイズ会議では、「HIV/エイズを保健援助のどこに位置づけるか」「HIV/エイズ対策をどのように保健システム強化につなげるか」といった点が盛んに議論されていたという。

 HIV/エイズとの闘いは2000年以降の援助資金の増大を含めた対策の強化により、一定の成果をあげつつある。あくまでそれはささやかな希望が見えてきたという意味での成果にとどまっているとはいえ、その成果によってもたらされる波紋は小さくない。懐疑論に対しても、不当な一般化といったものに反論を加えることはもちろん必要だが、それと同時に、一定の根拠をもった議論であれば、その根拠の妥当性を検討し、地球規模のエイズ対策が直面しつつある変化に備えておく必要はあるだろう。わが国のHIV/エイズ対策に関して言えば、国内における流行の拡大状況を踏まえつつ、国際的なこうした動向に基づくパラダイム(基本的な考え方)の変更といったものにも対応可能な柔軟性を確保しておくことが求められているのではないか。そうしたことを強く感じさせた意義深いフォーラムだった。
(報告者 宮田一雄)

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