キックオフ・イベント報告

Community Action for AIDS 06
キックオフ・イベント報告(2006年11月16日)

 日時  2006年11月16日(木)午後3時-4時
 会場  コミュニティセンター akta (東京都新宿区新宿2丁目)
地図 http://www.rainbowring.org/contact/index.html
内容 ・司会(コミュニティ・アクション2006趣旨・概要説明) 長谷川博史 
・あいさつ(第20回日本エイズ学会とコミュニティ) 池上千寿子
・PWA賞授賞式 
  PWA賞について 樽井正義
受賞者発表 プレゼンター 生島嗣
受賞者記念講演 張由紀夫
・コミュニティ・アクション参加者によるイベント予告
・クロージング・リマーク 根岸昌功
Community Action for AIDS 06の詳細はウエブサイト http://www.c-action.org/ をご覧ください。


  12月1日の世界エイズデーを中心に全国で展開されるさまざまな活動やイベントをエイズキャンペーンの大きなうねりにしていくCommunity Action for AIDS 06のキックオフ・イベント(開幕イベント)が11月16日の午後3時から約1時間、東京都新宿区新宿2丁目のコミュニティセンターaktaで開かれた。午後2時半からメディア向けブリーフィングが行われたこともあって、会場には報道関係者を中心に約40人が集まった。
キックオフ・イベントでは、この日から12月25日まで続くコミュニティ・アクションや第20回日本エイズ学会学術集会(11月30-12月2日)の趣旨、概要説明のほか、PWA賞の第13回受賞式が行なわれ、アーティストでaktaディレクターの張由紀夫氏にPWA賞が送られた。また、参加者には完成したばかりのCommunity Action for AIDS 06公式ガイドブックをはじめ、関連資料が多数、配布された。

 キックオフ・イベントは、Community Action for AIDS 06 実行委員会の事務局長で日本陽性者ネットワークJaNP+代表、長谷川博史さんの名司会で進められ、最初に長谷川さんから「さまざまな活動を横につなぐことで、基盤の小さなコミュニティを力づけていきたい」とコミュニティ・アクションの趣旨説明が行なわれた。
 この中で長谷川さんは、Community Action for AIDS 06 について、「Living Together」というテーマを共有するなど第20回日本エイズ学会学術集会との強い連携のもとに実施されることを指摘したうえで、コミュニティ・アクションは、エイズ学会とは別個の組織によって運営される独立のキャンペーンであることを強調した。
長谷川さんによると、学会が原則として会費制をとり、参加者も多様なコミュニティに開かれているとはいえ、ある程度、限定されたかたちにならざるを得ない学術会議であるのに対し、コミュニティ・アクションはHIV/エイズの流行と闘うさまざまなコミュニティに広く参加を促す装置として企画され、準備が進められてきた。
日本国内では現在、HIV陽性者、支援団体、予防啓発や医療に取り組む諸機関など、個々のコミュニティ内部にHIV/エイズの予防、治療、ケア、支援など各分野で一定の成果をあげているグッドプラクティス例(成功事例)が存在しているにも関わらず、コミュニティの基盤が小さく脆弱なため、その成果を量的拡大へとつなげていけないでいる。Community Action for AIDS 06はこうした点を日本のHIV/エイズ対策が抱える積年の課題として認識し、脆弱な基盤のコミュニティを少しでも横につないで力づけ、大きくしていくことを目指している。 
公式ガイドブックにはすでに、期間中に予定されている官民あわせて22のイベントが紹介されているが、参加を表明するイベントや団体はいまも増加を続けており、今後もさらに公式ウエブサイトのスケジュール欄 http://www.c-action.org/schedule/ で情報を更新していくという。
 また、ウエブサイトにはLiving Together宣言 http://www.c-action.org/declaration/ が紹介されており、ウエブ上で宣言に署名し賛同の意を表明するかたちで個人としてキャンペーンに参加することもできるようになっている。

 第20回日本エイズ学会学術集会の池上千寿子会長は「エイズ学会とCommunity Action for AIDS 06 がLiving Togetherの合言葉でまとまることができるのは大変、素敵なことだが、日本の現状はこのままではいけないとも思う」とあいさつし、エイズのリアリティーをしっかり見つめていくことの必要性を強調した。また、そうした観点から「日本で唯一のエイズに関する専門家集団であり、シンクタンクである」という日本エイズ学会の学術集会もまた多様なコミュニティが参加することによって、日本の現状を変えていくことを目指していると訴えた。

 PWA賞の授賞式では、前回受賞者の生島嗣さん(ぷれいす東京事務局長)がプレゼンターとして今回の受賞者である張由紀夫さんを紹介した。生島さんは、日本国内に現在、報告ベースでも1万人を超えるHIV陽性者が生きていることが明らかにされているのに、それがなかなか実感として伝わらない現状を指摘し、「アートはその実感を伝える有効な手段である」と述べた。さらに張さんの活動に言及し、多数のゲイが暮らす新宿2丁目という町で、日本のHIV/エイズのリアリティーを伝えうるイベントや作品を「楽しんで」作り続けていることの重要性を高く評価した。

 受賞者記念講演では、張さんが1994年8月の第10回国際エイズ会議(横浜)での経験を語った。張さんはこの会議の会場で、さまざまなHIV陽性者の写真を大スクリーンに投影していくイベント「エレクトリック・ブランケット」にスタッフとして参加。このとき、一緒に活動していたHIV陽性の友人が他の陽性者から「あなたが陽性者として一番、望んでいることは何ですか」と尋ねられた。友人は少し考えてから「楽しい生活がほしい」と答えたのに対し、質問した陽性者からは「楽しい生活を望むのはおかしい。いま必要なのは進んだ医療の技術やシステムを求めるムーブメントではないのか」と反論があった。そのとき張さんは「楽しい生活」という希望に込められた生きることの大切さ、生きにくさを反映させた思いが否定されたような印象を受け、動揺したという。
 横浜会議からすでに12年が過ぎ、張さん自身がHIV/エイズにかかわるようになってからは14年近くになる。大学の先輩だった友人はエイズで亡くなったという。あのときその友人に質問したもう1人のHIV陽性者がどこで何をしているのか、張さんは知らないが、「その人にも会いたいな」と思う。いまaktaを中心に張さんやその仲間たちが行なっていることを見てほしいからだ。
 10年以上の歳月が過ぎているのに、「楽しい生活」も「システムを変えていくムーブメント」もいまなお、実現に向けてもっともっと取り組むべきことの多い課題であり続けている。裏返して言えば、あり続けざるを得ないような困難な事態を大きく変えることはできていない。
そうした中で張さんはいま、ゲイコミュニティのHIV/エイズに関する予防啓発、およびHIV陽性者の支援のための拠点であるコミュニティセンターaktaでの活動を通し、「この2つをつなぐ橋がすでにここにあるということに気付いてほしい」とひそかに思っている。

 このあと、エイズ予防財団や東京都をはじめ、コミュニティ・アクション参加団体から個々のイベントについてのPRがあり、最後に実行委員会の代表でもある都立駒込病院感染症科の根岸昌功医師が「コミュニティに根ざした地に足のついた活動を模索する機会にしたい。いろいろな人が、いろいろな立場でHIV/エイズに影響を受け、行動し、発言し、表現することは非常に重要なことです」とあいさつしてキックオフ・イベントを締めくくった。



参考資料: PWA賞受賞式資料
                             2006年11月16日
1.2006年度受賞者
張由紀夫氏 美術家、ゲイ・アクティビスト、コミュニティセンターaktaディレクター
 1969年、東京都出身。京都市立芸術大学大学院絵画研究科卒。 

 大阪・京都のナイト・クラブでドラァグ・クィーンとして活動を始め、 1994年には横浜で第10回国際エイズ会議の際に開催されたスライドショー「エレクトリック・ブランケット」にスタッフとして参加、エイズ・アクティビズムへの関与を深める。

  アーティストとして多様な顔を持ち、映像作家「アキラ・ザ・ハスラー」(ハスラー・アキラ)として「バイバイ・オーバー・ザ・レインボウ」を監督するなど、SEXをテーマにした作品を数多く制作。また、パフォーミング・アーティストの「メロディーアス」としてはクラブイベントにおけるパフォーマンスを中心に活動。ほかにも文章、写真、映像、映画出演などさまざまな表現活動を続け、国内のほかパリ、ストックホルム、ベルリンなどでも作品を発表している。
 最近では水戸芸術館のLIFE展(2006年7月22日~10月9日)に写真を出展。

HIV/エイズ分野では、エイズ予防財団の普及啓発事業(厚生労働省委託事業)の一つとして、感染予防や感染者・患者の支援に関する情報発信、情報交換、啓発資材の普及を積極的にはかる目的で開設された「コミュニティセンターakta」に創設当初からスタッフとして参画。
現在の日本社会において、根強く残る社会的な偏見や差別のために聞こえにくくなっているHIV陽性者の声を見えやすいものにしていくLiving Together計画、新宿2丁目およびその周辺のゲイバーなどに啓発パンフやコンドームを配布するデリヘル・ボーイズなどさまざまなプロジェクトをコーディネートし、HIV陽性者や社会的にHIV感染の高いリスクにさらされやすい人たちへの支援、およびHIV感染予防、HIV/エイズに関する基本的理解の促進などに大きな貢献を果たしている。

2.PWA賞について

1992年12月の世界エイズデーに向けて、某地方自治体がストップ・エイズ・キャンペーンを実施し、そのときTVコマーシャルに無料で出演したタレントと総称される人を、エイズ問題への寄与を多として表彰しました。このことを知って怒り心頭に発したあるジャーナリストが、この問題で表彰されるべき人は他にいる、と余りにもっともな理由から、ならば自分でそれをしようと、出版されたばかりの彼の著書の印税を賞金に拠出することにしました。彼の周りにいた何人かが、このいかにも彼らしい発想に共鳴して選考委員への名乗りをあげました。こうして「PWA賞」が生まれたのです。副賞として添えられる賞金はその趣旨に賛同した人たちからの寄付で支えられています。

 受賞者に贈られる賞状には次のように記されています。
「あなたの存在は、エイズに影響を受けたすべての人たちを支え、はげまし、勇気づけてきました。その功績をたたえ、ささやかな感謝の気持ちを込めて、ここにPWA賞を贈ります。」
 第1回からこれを唯一の選考基準にして、数名からなる選考委員会が選考にあたっていますが、委員の名前は公表されていません。エイズによって提起された問題にそれぞれの仕方で深く関わっていますが、いずれもおよそ権威とは関係のない人たちです。したがって、この賞には何の権威もありません。しかしその権威のない賞が権威を持つようになっているとしたら、それはこれまでに賞を受けていただいた方々のすばらしい功績によるものなのです。
PWA賞選考委員会スポークスパーソン 樽井正義

《これまでの受賞者》(肩書きは受賞当時の所属団体)

第1回(1992年度)
 石田吉明さん (京都からの手紙、輸入血液製剤被害者救援グループ代表)
 広瀬泰久さん (HIVと人権・情報センター東京支部顧問)

第2回(1993年度) 
 宇野信子さん (山形ヘモフィリア友の会代表)
 平田豊さん   (エイズサポート千葉代表)

第3回(1994年度)
 稲田頼太郎さん (イナダ・ラング財団)
 たんべさん   (H.I.Voice編集局)
 松田瑞穂さん   (日本キリスト教婦人矯風会 女性の家HELPディレクター)

第4回(1995年度)
 木村久美子さん (東京都立駒込病院Kラウンジ、ぷれいす東京)
 屋鋪恭一さん (HIVと人権・情報センター 大阪、ケアーズ)
 山形操六さん  (財団法人エイズ予防財団専務理事)

第5回(1996年度)
 井上洋士さん  (SHIP代表)

第6回(1997年度)
 木島知草さん (風知草の会)
 南定四郎さん (エイズアクション代表)

第7回(1998年度)
 野田衛さん  (財団法人国際ビジネスコミュニケーション協会)
 榎本てる子さん (京都YWCA若者・女性とHIV/AIDSプロジェクト)

第8回(2000年度)
 沢田貴志さん (国際保健協力市民の会 (SHARE))
 桃河モモコさん (UNIDOS、SWASH)

第9回(2001年度)
 市川誠一さん  (神奈川県立衛生短期大学教授)

第10回(2002年度)
 長谷川博史さん (NoGAP)
 北山翔子さん  (特定非営利活動法人ぷれいす東京)

第11回(2003年度)
 家西悟さん   (大阪HIV薬害訴訟原告代表)

第12回(2004年度)
 生島嗣さん  (ぷれいす東京事務局長)

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック