日本市民社会からの国別報告書 2


4.「HIV/エイズに関するコミットメント宣言」達成に向けた課題 
Major challenges faced and actions needed to achieve the UNGASS goals/targets

(1)予防 Prevention

 日本ではエイズ動向調査が開始されて以来、20年以上HIV感染者、エイズ患者ともに増加傾向を示している。特に年間報告数はこの10年間でともにおよそ3倍に増え、この傾向は現在も続いている。このことは過去の予防施策が失敗していることを示している。その背景には予防介入を必要とする層、とくにMSM、外国人、薬物使用者、セックスワーカーなど日本社会において弱い立場に置かれている人々に適切に情報が届いてないことが挙げられる。

 日本の予防施策の問題点は、社会全般におけるHIV/エイズへの関心の低さと、社会資源の絶対的な不足が悪循環を生んでいることにある。無関心に加えてHIV/エイズに対するスティグマが存在するために、HIV陽性者が声を出すことが難しい状況にあり、その姿が社会の中で見えにくい。その結果、多くの国民はHIV/エイズのリアリティーが感じられず、無関心は強化される。

社会資源について言えば、NGOの予防活動に対する政府による支援は、主に研究助成という方法がとられ、事業費として活用できる予算は極めて少ない。事業費は各地方公共団体に配分されているが、そこにはHIV/エイズに関する専門的知見が不足している。その結果、「検査・相談(電話相談)・年1回のエイズデーイベント」といった画一的な政策コンポーネントが、モニタリング・評価を受けることなく継続されている。

 日本におけるHIV陽性者の多数を占めるのはMSMである。ゲイ・コミュニティでは、従来、自主的な啓発活動の動きが積極的に展開されてきた。しかし、政府はMSMに特化した有効な施策をとってこなかったため、現在も感染が広がっている。近年は、政府・地方公共団体とコミュニティの連携も始まっているが、未だにゲイ・コミュニティに特化した施策が実行されにくい状況にある。

青少年に対しては、性教育を含む基本情報が提供されていない。文部科学省は性の問題と密接に関わるエイズ問題に対して事実上拒否的で、教育現場においてコンドームをはじめとする性感染症の具体的な予防方法を教えることがきわめて困難になっている。学校、家庭、地域における予防情報の提供が欠如しているために、青少年のエイズ問題に対する関心も低く、学校やコミュニティにおける青少年自身の活動を継続的に支援する枠組みすらない。さらに、25歳以下のHIV陽性者の80%近くがMSMであるにもかかわらず、この層への介入にゲイへの配慮が全くない。このために、日本のゲイは性行動を開始する年齢が異性愛者に比べて一般に遅いにもかかわらず、大きな感染リスクを背負わされている。

感染の可能性に直面している他のコミュニティ、つまり外国人労働者、セックスワーカー、IDUへの予防介入はきわめて不十分である。

 近年、一部の自治体および専門機関はNGOとの協働を試みてはいるが、保健・医療セクターの主導で行われ、より包括的な予防、検査、ケア・サポートの促進という視点に欠けているため、効果的な施策実施が困難になっている。

(2) 検査

 現在、日本国内の保健所では無料匿名検査が実施されているが、HIV/エイズに対する国民の無感心とスティグマのゆえに、自発的に検査を受ける人は少なく、これによる新規感染報告は全体の半数以下に留まっている。厚生労働省は早期発見・早期治療のための検査を強くすすめており、迅速検査の導入を急いでいる。しかし、検査の量的拡大が目指される一方で、質の向上すなわち自発性によりカウンセリングを伴う検査(VCT)の充実は省みられていない。たとえばインフォームド・コンセントを含む事前・事後カウンセリングも行動変容の促進や治療アクセスの実効性が十分にはかられてはいない。その背景には、VCTに関するプロフェッショナルなサービスを提供する専門家の育成が十分でないことがある。

 保健所や検査所に関してはまだしも改善の努力が払われているが、新規陽性報告の過半数は、術前検査、妊婦検査など病院で行われる検査によるものであり、これらは無料・匿名でない上に、事前・事後カウンセリングが提供されていない。さらに、告知を受けた陽性者に対するサポートの大部分は、NGOが担っている。

(3) 治療

 HIV陽性が確認された患者の治療と福祉は極めて良好である。これは、薬害被害に対する血友病患者と市民社会の運動の結果として、政府がHIV診療体制を整備したことによる。

しかし、アクセスを事実上閉ざされている人も少なくない。たとえば、スティグマを恐れ検査を受けにいけない、無関心で検査を受けない等の理由で、HIV陽性者の実数は現在治療を受けている人の5倍とも推測される。この推測にしたがえば、4万人以上が自らのHIV感染を知らないまま、早期発見で健康を維持できるにも関わらず、治療にアクセスできていないことになる。

診療体制に関しては、都市と地方の格差、医療機関による格差がある。地方においては、受診できる医療機関が限られており、社会的支援へのアクセスにも乏しい。一方、大都市部では、多くの患者が一部の医療機関に集中し、医療サービスの質的低下を招いている。また、妊娠、出産を始めとする女性固有のニーズに対応できる病院がきわめて限られている。

 現在のHIV医療体制は、チーム医療を前提として構築されているが、全国的には十分に機能しているとは言い難い。特にコメディカルスタッフが提供する社会的支援、心理的支援などへのアクセスについては、医療機関間の格差が大きい。

(4) 人権

政府は、医療機関や職場におけるHIV陽性者差別をなくすよう指導している。しかし、医療機関における陽性者、わけても女性とセクシャル・マイノリティへの差別的言動や忌避はあとをたたない。職場における不当解雇や嫌がらせの事例もしばしば報告されている。エイズ関連NGOでは、こうした事例をめぐる相談が増加傾向にある。陽性者と社会的な立場が弱い人々への人権侵害が疑われる事例は、政府所轄の諸施設においても報告されている。

HIV陽性者の人権への配慮に欠ける事例の背後には、社会のHIVに対する無理解と忌避が根強くある。差別されることへの不安やスティグマにより、陽性者の多くが、他人に話すことや、NGOに支援を求めることを控えざるを得ない状況が続いている。

とくに配慮を要する人権として強調されるべきは、外国人の健康権である。日本人にはARVを含めて世界的に高いレベルの医療が社会保障制度により確保されているのに対して、滞在資格等の理由でそれを利用できない外国人の間では、医療を受けずに、あるいは受けるのがあまりに遅れ、エイズで死亡する人が少なくない。しかし、欧州に見られるような、滞在資格に関わらず緊急医療を保障する政策は行われていない。

(5) 資金

a)国内対策

「三つの統一」がないことは、政府のエイズ対策資金の総額とその配分が可視的でないことにも表れている。
地方公共団体におけるHIV/エイズ対策予算は減少傾向にある。このため、地域においてHIV感染予防や陽性者支援を行っているNGOの活動の維持が困難な状況にある。

政府が研究開発に支出している額は可視的であり、政府予算全体が縮小される中で、増加されることもある。しかし、新規予防技術開発、なかでもワクチンに関しては、その基礎研究には資金が出されているが、臨床試験を行い、国際社会に貢献しようとする姿勢は示されていない。

b)国際協力

 日本は国際的なHIV/エイズ対策において主要なドナー国の一つである。しかし日本のHIV/エイズに関する国際協力は依然として、その国力に見合った規模と有効性を有すると言えるまでには至っていない。

 二国間援助に関しては、日本は1994年から2000年までの「人口・エイズに関する地球規模問題イニシアティブ」(Global Issues Initiative on Population and HIV/エイズ: GII)を皮切りに、2000年から2005年までの「沖縄感染症対策イニシアティブ」(Okinawa Infectious Diseases Initiative: IDI)、2006年からの5年間を対象とする「保健と開発に関するイニシアティブ」(Health and Development Initiative: HDI)を、HIV/エイズを含む感染症・保健分野に関わる日本の国際協力の政策方針として発表し、HIV/エイズ等感染症を日本の国際協力の優先課題として取り組む立場を鮮明にしている。この方針を実効的に進める中で、感染症対策については、かつての「機材供与・医療専門家育成」中心の援助から、より草の根の人々に裨益する援助を目指す方向性が生まれている。しかし、一方でエイズ治療やケア・サポートの分野、HIV陽性者や感染の可能性に直面するコミュニティの活動に対する援助は十分でない。

 また、日本のHIV/エイズに関する援助は、サハラ以南アフリカなど広汎流行期(generalized epidemic)に達した国・地域における保健分野の無償資金協力(grant aid)・技術協力が中心であり、アジアや中東・北アフリカ、東欧・旧ソ連圏など局限流行期(concentrated epidemic)の国に対しては、支援が十分行われていないなどの偏りがある。また、たとえばIDIの枠組みで拠出された援助のうち、感染症対策の直接支援は全体のわずか4分の1強で、感染症対策と間接的な関係しかない学校建設や農業用水の建設などが大きな比率を占めているといった問題も指摘されている。さらに、感染症対策に関して、NGOを通じた二国間援助の実施率は相変わらず極めて低く、この点でも市民社会の参画は十分でない。

 多国間援助については、日本は国連人口基金(UNFPA)など、その業務がHIV/エイズにも大きく関連する国際機関への主要な資金拠出国であるが、2005年、2006年の任意拠出額は大きく減少している。UNAIDSへの拠出は2002年には世界で第6位だったが、以降減額され、2005年には12位に後退している。一方、世界エイズ・結核・マラリア対策基金に関しては、2005年6月、小泉首相が当面(in the coming years)5億ドルの拠出を誓約するなど、主要なドナー国の地位を堅持しているが、この誓約が早期に達成されることが望まれる。

国際的なNGOに対する協力としては、国際家族計画連盟(IPPF)に日本HIV/AIDS信託基金を設置し、NGOを通じてのHIV感染予防、VCT推進を実施しているが、信託基金の総額はNGOのニーズを充分満たしているとは言えない。

5.モニタリングと評価 Monitoring and Evaluation

 日本におけるHIV/エイズ動向把握は、厚生労働省に設置された「エイズ動向委員会」(Committee on AIDS Trends)が行っているHIV/エイズ事例報告のみである。定点サーベイランスや第2世代サーベイランスなどは、公的資金を使った研究として若干行われているものの規模は小さく、動向調査を政策に還元するシステムも十分でない。

 厚生労働省のエイズ対策行政の指針である「後天性免疫不全症候群に関する特定感染症予防指針」には、実施すべき政策についての記述はあっても、達成すべき定性的・定量的な数値目標等は記載されておらず、政策の実施およびその有効性をモニタリング・評価するための指標が明確に設定されていない。また、政策の実施およびその有効性に関するモニタリング・評価を実施するための公的な機関は設置されていない。

 国内のHIV/エイズ対策については、HIV陽性者や感染の可能性に直面するコミュニティ、市民社会が、国内政策の形成・モニタリング・評価に参画するための恒常的なシステムは存在していない。

 一方、国際協力におけるHIV/エイズ対策のうち、上で述べたGII、IDIに関しては、外部委託によるプログラム評価が行われている。また、政府の政策に関するNGOの参画の保障については、保健分野の国際協力NGOと外務省とが定期的に意見交換を行う「地球規模の保健と人口・感染症に関する外務省・NGO懇談会」(The Open Regular Dialogue between MoFA and NGOs on Global Health, Population and Infectious Diseases)が存在し、HIV/エイズを含む保健分野の国際協力に関するNGOと外務省の対話プラットフォームとしての役割を果たしている。

6.結論 Conclusion

 UNAIDSは2005年7月、神戸において、アジア太平洋地域におけるHIV/エイズは「岐路に立っている」との声明を発表した。この言葉はまさに日本にあてはまる。日本は、HIV/エイズ問題を過小評価し、有効な対策をとらないままHIV/エイズのさらなる拡大を許してしまうのか、国家による政治的リーダーシップの確立と国際水準での対策機構の整備、当事者や市民社会の参画の保障などにより、HIV/エイズ対策を活性化することによってHIV/エイズ問題を克服できるのか、その岐路に立っていると言うことができる。

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