ダボス会議とエイズ対策

 2月17日付の経済紙「フジサンケイ ビジネスアイ」に掲載されたコラムです。
 
◎ビジネスが変わってきた 
         ダボス会議とエイズ対策

 意図的ではないのだろうが、エイズの原因となるHIV(ヒト免疫不全ウイルス)は結果として、巧みに人の心理の裏をかきながら広がっていく。
 厚生労働省のエイズ動向委員会は先月二十七日、昨年(二〇〇五年)一年間に国内で新たに報告されたHIV感染者・エイズ患者数の速報値を発表した。感染者七百七十八人、患者三百四十六人、計千百二十四人である。
 年間の報告数は翌年の一月末に速報値、四月に確定値が発表される。追加報告もあるので、確定値の方がわずかだが数は増える。二〇〇四年は速報値が患者・感染者合わせて千百十四人、確定値は千百六十五人だった。
 〇四年には、前年より二割近く増えたため、社会的な警戒感もそれなりに高まったが、今回はほぼ横ばいなので逆に流行の拡大が止まったような印象を受けかねない。そうなると警戒心は緩み、社会の関心も低下する。
 速報値をもう少し詳しく比較してみよう。〇四年の感染者数は七百四十八人、エイズ患者数は三百六十六人だった。つまり、〇五年は前年と比べ、感染報告が三十人増え、患者の報告が二十人減ったことになる。
 エイズ患者の報告が減ったのはどうしてなのか。あくまで推測だが、私は一九九〇年代前半のエイズ対策への関心の高まりが一時的に国内のHIV感染の拡大を止める役割を果たした結果ではないかと考えている。HIVの感染からエイズ発症までの間には平均で十年ほどの時間差があるからだ。
 現在のエイズ患者報告数は、ほぼ十年前のHIV感染の状況を把握する目安ということになる。
 動向委員会では毎年、確定値の集計と合わせ、感染経路別の報告の推移なども分析している。その分析と取り組んでいる名古屋市大の市川誠一教授に「どうでしょうか」と問い合わせたところ、「短絡的な結論は出せないが、十分にあり得る」とのことだった。
 傍証として市川教授は、九〇年代前半の淋病報告数が減っていることを教えてくれた。性感染症の中でも淋病は早く症状が現れるので、感染動向がほぼ現在進行形で把握できる。淋病の報告から推測すれば、HIVの性感染に対しても当時、何らかの抑制がはたらいていたはずだ。現実には、HIVの性感染への関心が淋病を抑える効果をもたらしていたのかもしれない。
 きっちり十年前ではないが、一九九四年八月には、横浜で第十回国際エイズ会議が開かれ、開会式には皇太子ご夫妻も出席された。開催準備にはNGOのメンバーも加わり、会議の前後数年は新聞やテレビも積極的にエイズを取り上げていた。
 問題はその後である。九五年以降はどうだったのか。
 九〇年代前半の成果が十年余りの時を経て確認できたのだとしたら、大いに勇気付けられる材料ではあるが、その成果は同時に現状を誤って認識させるリスクも内包している。エイズの流行が一筋縄ではいかない現象であることは認識しておくべきだろう。
 スイスのダボスでは先月二十六日、アイルランド出身のロック歌手、ボノが世界経済フォーラムの会場で記者会見を行った。日本で動向委員会が速報値を発表した前日のことだ。
 会見でボノは、アフリカのエイズとの闘いを支援するプロダクトRED計画を発表した。世界の大企業がREDブランドの新製品を開発し、販売収益の一部を世界エイズ・結核・マラリア基金に継続的に寄付するという。
 すでにアメリカン・エキスプレス、コンバース、GAP、ジョルジオ・アルマーニの四社がパートナー企業として三月以降、RED商品の発売を予定している。
 この計画の特長は、企業側が顧客拡大の販売戦略としても位置づけている点だ。企業のマーケッティング能力が結果としてエイズの世界的流行という危機に立ち向かう力になる。そのためには、経済界にも、地球規模の課題としての感染症対策に高い優先順位を置く視点がなければならない。
 ダボス詣でを繰り返す日本の政財界の要人たちも当然、世界の動向を肌で感じていると思うのだが、どうだろうか。国内のエイズ対策への無関心も合わせて考えると、世界が共有すべき課題への感度の鈍さが、企業活動にもいずれ響いてくるのではないかと逆に気がかりである。
                 宮田一雄(産経新聞編集長)

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