フォーラム報告「まだまだ終わりなき夏」 3

司会
 次は長谷川さんとともに開会式の司会をされた池上千寿子さんです。来年、東京で開かれる第20回エイズ学会は池上さんが会長、ぷれいす東京が事務局を担当します。ICAAPの成果を踏まえ、どういう学会になるのかも楽しみであります。

池上千寿子
 国際エイズ会議といえば、私は1994年に横浜で大変、お世話になりました。あの時は本当に政治にやる気があって、国をあげて、地域でもトレーニングを行って準備をしました。メディアも連日のように報道しました。
しかし、神戸会議が4年前に持ち上がったときには、すでに政治は無関心。HIV/エイズ対策に関係している人は別として、それ以外は本当に無関心。私は某大学で教えているのですが、学生たちに「神戸でアジア・太平洋地域エイズ国際会議があります。いくら冷淡とはいえ、これにはメディアも取材に来る。報道されるだろうから、チェックしておいてほしい」といいました。会議が終わり、東京に帰ってきた翌日に授業があったので、「さあ、どれくらいメディアで見ましたか」と聞いたところ、「ほとんどありません」というのですよ。神戸のホテルでは部屋に神戸新聞が配られ、出ていた記事は全部、切り抜きました。それをみせて「神戸新聞にはこういうふうに出ていましたよ」と言ったら、「これが日本で起きた話か」というくらいにびっくりしていました。神戸で止まっていたのですね。
あの一週間は日本ではなくて、アジアの一部が神戸に引っ越してきたという感じで、日本はまったく変わっていなかった。それは開会式で厚生労働大臣がドタキャンしたということにも表れていました。
長谷川さんと二人で開会式のリハーサル前に聞き、「きょう実は大臣が来ないんです」と宮田さんがカリカリ来て、「えーっ」とかいいながら「やっぱりそうか」と思っていたのですが、それはともかくとして、政務官とかいう人が大臣の手紙を代読しました。
早く代読すればいいのに、その前に延々と、いかに自分は横浜でエイズ会議に協力したかと演説を始めたんです。こう申してはなんですが、私は横浜エイズ会議の準備のときには、かなり中枢にいました。そのとき彼は行政官だったんですね、厚生省(当時)の。厚生省の中で、誰がどのくらい力を発揮して手伝ってくれたか、見えていたはずだが、あの人、いなかった。だれ、あんた。うそでしょうという感じです。
でも、フリッカと長谷川さんの素晴らしいスピーチで全部、パーっと消えました。会議自体は、参加されたことがない人にはなかなか説明できないのですが、雰囲気がエネルギーをくれます。参加してくれたアジアの人たちがエネルギーをくれるんですね。
国内で活動している私たちはもう本当に疲れきったよな、日本はこうだよな、やっぱりね、という状態だったのですが、過ぎてみると、ちゃんと活動しようねという感じになってくる。
2006年度に、なぜか私がエイズ学術集会の会長をやれと推薦を受け、最初はジョークでしょうと思いました。お金がありませんから、NGOいじめではないかとひがみました。ところが、そうではないらしい、まじだぞ、ということで、お引き受けしました。
引き受けたからには、ちゃんとやらなければいけない。それでキャッチフレーズを考えました。ひとつ、「3ない会長」。「スリー・ワンズ」ではなく、「スリー・ゼロ」です。男でない、医師でない、教授でない。日本エイズ学会20回目にして初めてのことです。
もう一つは、「リビング・トゥギャザー」。これは、神戸から東京へ。アジアから国内へ。先ほど長谷川さんがおっしゃった、あらゆるギャップ、深まった溝にいかに気づくか。気づけば、どうしたらいいのかが見えてくるかもしれない。見えてきたら、何とかしたいということになるかもしれない。そういうことで、行政とか、とくに企業とかですね。学会というと、それこそ神戸にはあまり来なかったサイエンス系のドクターたちが中心だろうというイメージが多分、あるのだろうと思いますが、そんなことはありません。私たちみたいな現場の活動家が大分前から参加していて、社会系の発表が一番、多いんです。そういうこともあって、「リビング・トゥギャザー」というかたちで、「ネットワークを広げ、真の連携をつくろう」というタイトルでやりたいと思います。
 リビング・トゥギャザーってなんだということを端的に感じていただくために、私たちは「Living Together」というタイトルの冊子を作りました。できたてのほやほやです。19人の陽性の方たちの手記、それと写真、いろいろな立場からいろいろな言葉が掲載されています。これは本当に多様性を示してくれています。読んでみてください。音読していただくと、大変、いいなあと思います。
それから、セクシュアル・ヘルス。神戸会議でも、いま日本でひどいことになっている性教育の大切さをアジアから確認してもらえました。その一つの教材として「セクシュアル・ヘルス ゲーム編」というのも作っています。ぜひ、ご覧になってください。

司会
 神戸会議の組織委員をされていた4人の方に、お話をしていただきました。会場にはほかにも、組織委員として関与された方が見えているので、ちょっとお話をうかがいたいと思います。沢田貴志さん、スキルズ・ビルディングのことをお願いします。

沢田貴志
 スキルズ・ビルディング・ワークショップという参加者が現場で使える技術を持って帰るためのワークショップを担当しました沢田と申します。ワークショップは本来、英語で実施しますが、今回は一部を日本語で行いました。ICAAPでは、長谷川さんが言われたように日本は援助する立場だと思っていたら取り残された状態になっていたということを実感してしまいました。たとえば、タイからはチェンマイ大学の先生で性教育をやっている方をお呼びしました。彼女は社会教育の専門家として活発にアジア太平洋地域で活動してこられた方で、エイズを含めた性教育は若者にとって生きていくために必要なスキルなのだという立場に立って、学校で具体的な性教育をどんどん教えています。そして、若者自身に参加してもらい、若者たちが意見をたたかわせるようなかたちでやっているそうです。具体的にやらなければメッセージは届かないし、それをやることがもう大人の責務であると非常に明確に言っていました。もともとは保守的な東南アジアの社会でもエイズをきっかけにこうした流れがメインストリームになりつつあります。
 もうひとつ、企業のかかわりがぜんぜん違います。これもタイの例ですが、タイのエイズ対策企業連盟の代表の人がきて、タイの企業に関してはエイズ対策に貢献をするということは必須であると話しています。従業員の健康を守るということもありますが、地域の人たちの健康を守り、企業の責任として社会貢献していることを示す意味でも、エイズ対策に取り組まない企業はどんどんイメージが下がっていくからだということです。
 今回の会議では、なかなか資金が集まらないということで、私も大分、寄付のお願いに企業をまわりました。私が日本の企業をまわってもほとんど支援を得られない状態でしたが、3つの外資系の企業では、いずれも多額の支援をしてくれました。それだけ、日本の企業と外資系の企業との間にエイズに関する認識の格差が出てきてしまっています。
 ある金融関係の外資のCEOが言っていました。彼らは日本の企業にもっとエイズ対策をやってほしい。なぜかというと、せっかく融資した企業がインドやアフリカで事業をやるときに、従業員がHIVに感染しているのに企業がまったく放置していたら、経営できなくなってしまう。あるいは、これだけ地域社会の大きな問題であるエイズの問題に企業が何もしなかったら、地域から非難を浴び、信用は丸つぶれになってしまう。融資をした先の会社が成功してもらうためには、どこの企業もエイズ対策に取り組んでもらわなければ困るということでした。
エイズは一部の人の問題というように扱っている日本の状況を変えていかないと、日本はエイズの流行を克服していけないし、エイズ対策で世界に貢献するなどというのはもう夢物語ですね。世界から、あの国は何をやっているんだといわれます。日本企業は中国などにいっぱい進出していますが、信用の面、生産性の面で欧米企業との競争に負けて日本の経済はどんどん没落していくのではないでしょうか。

司会 それでは広報委員として活躍された杉山さん。

杉山正隆
 北九州からまいりました杉山です。私はいま、歯医者をやっていて、なんだろうと思う方もいるかもしれませんが、全国の医師、歯科医師が10万人加盟している全国保険医団体連合会というところの機関紙の編集長もしています。泌尿器科の先生とか婦人科の先生はエイズに興味を持っていらっしゃるのですが、それ以外の、とくに歯科の先生は興味を持っていない方が圧倒的に多いので、今回はあえて、いろんなところで、エイズ会議があるんだ、エイズ会議があるんだ、すごいんだ、すごいんだ、すごいんだと、狼少年のように言ってきました。
 1994年の横浜の国際エイズ会議のときは毎日新聞の横浜支局の記者でして、現地で陣頭指揮をとって、いろいろなことを取材してきました。
当時は歯科医院でHIV陽性者診療拒否というのは当たり前だったのですが、最近は「ああ、もうとっくになくなって良かった、良かった」と思っていました。そうしたら、「とんでもない、たくさん、そんなのあるよ」という話を聞き、改めて「そうだよね、あまり変わっていないよね、ギャップというのは埋まっていないよね」と感じました。
今回は広報担当として組織委員にぜひ入れてほしいとお願いしました。マスコミにいかに働きかけるか、いかに書いてもらうか。野村監督という人がいて、プロ野球で昔、キャッチャーをやっていたときに、相手打者がバッターボックスに立つと「お前、あの女どうしたんや」といったささやき作戦で揺さぶっていたのですが、今回は私も個別にマスコミの人にささやき作戦をしてじゃんじゃん書いてもらおうと思いました。それに乗せられて大きな扱いになった記事もあるのではないかと思いますが、マスコミの中にもギャップがあって、大阪版には大きく出ても、東京版には小さくしか出ていません。ここらあたりはもうちょっとメディア対策をしたかったなあという思いはありましたが、不十分だったと反省しています。
それでも、インターネットなんか見ると、かなり原稿も出ていますし、googleのニュースの検索でエイズ国際会議というところにはたくさん出てきます。現地でものすごく皆さんがんばりました。ただ、日本人の参加者が少なかったのがやはり気になりました。これまでのICAAPに来ていた人が、何で来ていないんだろう、クアラルンプールやメルボルンには来たのに、何で神戸には来てくれないんだろうというのはありました。
景気が悪いとか、何だとか、いろいろ事情はありますが、エイズはまだ、ぜんぜん終わっていない。私が11年前に横浜で取材をしたときに始まったこの文化フォーラムがいまも続いているのは素晴らしいことだし、ICAAPは終わったけれど、エイズの流行は終わっていません。もしかしたら10年後に横浜でICAAPをやろうということになるかもしれません。それまでにギャップが埋まればいいのですが、皆さん、心配されているように、ギャップは埋まった部分もあるけれど、広がった部分も多かったのではないかという感じがします。私自身は、ICAAPは成功だったと思っています。不十分だった点はものすごくあって、閉会式が終わったときには涙が出るくらい、やり残したことがたくさんあったなと思いました。組織委員をやらせろといったけど、結局はお前、何もできなかったじゃないかというのを感じています。それだけに会議の成果を今後、いかに広めていけるか。神戸で大きい会議があって、アジアから2000人も来て、すごかったんだって。日本は進んでいたと思っていたんだけど、実は遅れていて、援助していたつもりが援助されないといけない国だったんだってということを、皆さんもいろんな方に伝えてネットワークを広げていただきたいと思います。

司会
 ありがとうございました。あと少し時間がありますので、質問、コメントなどをお受けしたいと思います。

質問
 HIV陽性者と政府の間に大きい溝があったというお話でしたが、地方自治体と陽性者の間には、この自治体は溝が大きいけれど、この自治体は小さいといった地域差のようなものはあるのでしょうか。

長谷川
 行政の問題は、担当の方が2年から3年で変わってしまうことです。1年、2年かけてやっと県の中での問題点、自分の職場での課題が見えてきた段階で代わられてしまうと、また新しく見えた方に一からお話をしなければならない。私たち予防に取り組んでいる人間、あるいは支援をしている団体、陽性者のグループといったところが、お話をさせていただけるだけの関係を作るのに半年から1年はかかります。それからさらに、じゃあ何かやりましょうかということで、次の年に結びつくプランが作れれば、まだいい状況かなという感じです。中央に関しても同様だと思います。本来なら行政の枠組み自体から変えていただく必要があるのではないかと思います。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 2

面白い
かわいい

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック