風の音色

「科学とコミュニティの英知の統合」をテーマにした第7回アジア・太平洋地域エイズ国際会議(神戸エイズ国際会議)の開催まであと2カ月余りとなりました。7月1日の開会式(神戸ポートピアホール)、および2日のICAAP記念コンサート(大阪サンケイホール)ではクラミジア感染症の研究者である国立感染症研究所の岸本寿男室長の呼びかけで、ベースの鈴木良雄さん、和太鼓の佐藤健作さんをはじめ、そうそうたるメンバーが演奏を担当します。えっ、クラミジア感染症と音楽がどう関係あるの? という疑問もごもっとも。参考までに産経新聞連載「話の肖像画」に2005年2月7日から11日まで5回にわたり掲載された岸本寿男さんのインタビュー「風の音色」を紹介しましょう。

風の音色(1)
  (岸本寿男  国立感染症研究所ウイルス第1部第5室長。日本音楽療法学会理事。米シアトルのワシントン大学に研究員として留学していたときに地元のテレビのドキュメンタリー番組の音楽を担当し、1994年度米国北西部・地域エミー賞を受賞。昨年9月に倉敷市内で開かれた日本音楽療法学会の学術大会では、大会長を務め、2500人の聴衆を前に尺八演奏で会長講演を行った)

 ■尺八で“語りかける”癒やし効果
 --岸本先生はクラミジア感染症の研究者であると同時に、音楽療法にも詳しく、尺八演奏家としても趣味の領域を超えて活躍されています。知る人ぞ知る名演奏家ですね。
 岸本 いや、私にとって音楽は、あくまで趣味ですよ。学生のころから中断せずにずっと続けてこられたという点では、幸運だったと思っています。昔の仲間に会うと「おれも続けていればよかった」といわれることがよくあります。

 --音楽との出合いは?
 岸本 私は高知県の出身なんですが、音楽に関しては母の影響が大きかったと思います。母が旧広島音楽女学校の卒業で、お琴の師匠をしたり、趣味で演奏会を開いたりといったことをしていたので、私も小学校二年くらいからバイオリンを習うようになりました。バイオリンも好きだったんですが、楽譜を見ながら弾くのが苦手で、中学生になってからは、ちょっとおっくうだなと思うようになっていたんです。そのころ、尺八を演奏する方がよく家に見えられていたので、私もたまたま尺八を手に取って吹いてみた。そうしたら音が出たので、興味がすっかり移ってしまって…。

 --それで本格的に始められた。
 岸本 近所で尺八を教えていた眼科の先生のところに通い始めたのが十三歳のときです。私には非常に合っていたので、十八、九歳のころには一時、尺八で身を立てようかなと思ったほどでした。ただ、高校時代はフォークグループ華やかなりしころだったので、ギターも始め、グループを作りました。クラシックもポップスも、音楽には何でも親しんでいましたね。

 --大学時代もバンドを作っていたそうですね。
 岸本 家が開業医をしていたこともあって、大学は岡山県倉敷市の川崎医大に進みました。そこでもギターや尺八は続け、バンドを組んでヤマハのポプコンという音楽コンテストに出たら、地方大会で審査員特別賞をいただきました。

 --大学卒業後は?
 岸本 研修医を経て川崎医大付属病院の呼吸器内科に入局し、臨床をずっと続けるつもりで七年ほどいました。しかし、専門がほしいということもあって大学院に行き、そのときにもらったテーマがクラミジア感染症でした。ちょうど肺炎クラミジアという新しい菌が紹介されたばかりだったので、日本で先駆けとなるような研究に携わることができた。その点も非常に恵まれていたと思います。

 --音楽の方は?
 岸本 病棟でクリスマスコンサートを開き、患者さんに聴いていただくといったことは続けていました。難病の患者さんが書いた詩に曲をつけるようなこともあって、いま考えると音楽療法のまね事のようなことをやっていたのかなと思います。まだ、音楽療法の療の字も聞いたことがないころでしたが、どこかでつながっていたのですね。尺八は自然の風に最も近い音を出せる楽器です。人の声にも近いので、語りかけるような音を生かすことができる。癒やしの効果、心を安らげる効果が高いのではないかと思います。

 --尺八にも種類があるそうですね。
 岸本 私がいま持っているのは十本です。一尺八寸の文字通り尺八と、少し短めの一尺六寸、長めの二尺一寸。石の尺八もあります。透明感のある、石独特のいい音が出ますよ。


風の音色(2)

 ■医療での音楽の効用を実感
 --岸本先生は一九九四年度のエミー賞を音楽・作曲部門で受賞されています。趣味でもらえる賞ではありませんね。
 岸本 全米のエミー賞ではなく、北西部の地域エミー賞なのですが、日本人音楽家としては初の受賞だということでした。クラミジアの研究で留学中、たまたまテレビのドキュメンタリー作品の音楽を担当するよう頼まれ、お引き受けしたんです。それが思いもかけぬ評価をいただいて。
 ≪エミー賞は全米テレビ芸術科学アカデミーが授与する賞で米テレビ界最高の栄誉とされる。地域エミー賞は各支部単位に選ばれ、北西部地域はアラスカ、ワシントン、オレゴン、アイダホ、モンタナ、ワイオミングの六州が対象となっている≫

 --どんな経緯だったのですか。
 岸本 大学院を修了して一年間、川崎医大の呼吸器内科の講師をしたあと、平成五(一九九三)年から一年半ほどシアトルのワシントン大学に研究員として留学していました。そこでも肺炎クラミジアの診断と疫学について研究していたのですが、たまたまシアトル在住のジョージ・ツタカワさんという日系二世の芸術家のお宅を訪ねる機会がありました。

 --イサム・ノグチとも親しい方だとか。
 岸本 少し話が前後するのですが、岡山市内に御影石の石切り場があって、私はそこでコンサートをやったことがあるんです。その石切り場の石屋さんから留学前に「シアトルならウチの石を使ったイサム・ノグチの作品があります」と教えてもらった。また、イサム・ノグチの親友のジョージ・ツタカワさんという方がワシントン大学で美術を教えていたので、訪ねてくださいと言われました。ツタカワさんは日系二世ですが、小さいころ、広島県福山市のおばあさんの実家で十年ほど暮らしていたこともあるそうです。

 --そのツタカワさんのドキュメンタリーですね。
 岸本 シアトルのKCTSという公共テレビ局が三十分番組を制作していました。その年の秋にツタカワさんが何かの賞を受けられるのを記念した作品で、私が訪問したのは夏前でしたが、映像はすでに完成していました。ただ、音楽がどうもしっくりこなかったようです。ツタカワさんご夫妻には、手土産がわりに演奏を聴いてもらったのですが、そうしたら、ぜひジーン・ワーキンショーに紹介したいと言われました。

 --番組のディレクターですか。
 岸本 ええ。それでワーキンショーさんに会って演奏すると、「私はあなたのような方を待っていました」と、もう抱きつかんばかりで。音楽を頼まれ、期間が二週間くらいしかなかったので、不安はあったのですが、記念になると思って引き受けました。映像を何度も見ているうちに自然に曲がついたような感じで、それまでに作っていた曲をアレンジしたものもあわせて録音し、最終的には七曲が使われました。

 --反響は?
 岸本 放映を待たずに帰国したので、よく分かりませんが、好評だったとは聞きました。翌年、受賞の知らせを受けたときも、そんなに大変な賞だとは思いませんでした。授賞式には行かずにトロフィーを送ってもらい、しかられるかもしれないと思って教授にも黙っていたくらいです。

 --国内では話題にならなかった。
 岸本 最初はマスコミにも言いませんでしたから。それでも、しばらくして岡山の新聞などで取り上げられ、外部の病院からも演奏の依頼を受けるようになりました。それまでも自分が担当していた患者さんや身近な人たちには演奏を披露していましたが、外まで行って演奏することはなかった。でも、病院などに出かけて演奏しているうちに、医療の場での音楽の効用といったものが実感として分かってきました。


風の音色(3)

 --病院でコンサートを開くとなると準備も大変でしょうね。
 岸本 川崎医大の付属病院でも、病院がバックアップしてコンサートを開けないだろうかと提案しましたが、当初は病院にコンサートはなじまないという認識だったようです。嘆願書を求められるなど、いろいろありました。それでも開いてみると三百人近い患者さんが集まり、家族やスタッフにも楽しんでもらえたので、音楽があった方がいいという雰囲気に変わってきました。もう十年ほどになりますが、年二回ずっと続いています。

 --継続は力ですね。
 岸本 私自身、感染研に移ってからも可能な限り参加していますが、病院内にもコンサートのグループができています。病院としては本当に患者さんをお連れするだけでも大変で、混乱が生じないように食事やいろいろなスケジュールも調整しなければならない。それでも皆さんの協力で楽しんでもらっています。

 --苦労しても、続ける価値はある。
 岸本 音楽があると、その病院の中の雰囲気が和らげられるし、実際に患者さんの喜ぶ姿、ご家族が本当に癒やされるような場面を見てスタッフも力づけられます。スタッフも皆さん、疲れているので、ナマの音楽を聴くことの効用を実感できます。効果は大きいと思います。

 --患者さんへの治療効果はありますか。
 岸本 もちろん、それがただちに音楽療法になるとは考えていません。それはまあ別だと思います。ただし、こうしたかたちで音楽を取り入れている病院は全国にかなりあり、日赤病院のグループなどは以前から成果をあげています。私も山口の日赤病院で演奏させてもらいましたが、亡くなった音楽家の患者さんがグランドピアノを寄贈し、それが薬局の前に置いてあります。ボランティアの方々が毎朝、十分ずつ交代で弾いているそうです。当たり前に音楽があるせいか、コンサートでも知っている曲だと自然にハミングをしたり、声を出して歌ったりされる。本当に音楽を楽しむ姿勢ができています。

 --その雰囲気が音楽療法のいわば土台にもなる。
 岸本 実際にその病院の緩和病棟では職員を東京の専門学校に通わせ、その方がいま音楽療法士として緩和医療の中で音楽療法を行っています。コンサートを開く、ピアノを毎日、弾くといったことが、音楽療法を終末期のケアに用いる動きに自然につながったのだと思います。いきなり音楽療法を病院の中に持ち込もうとしても、協力を得られないかもしれない。みんなが楽しんでいるということで音楽自体が受け入れられていれば、うまくいくことも実感しました。実際に音楽を提供しようという暖かい雰囲気があることが大切ではないでしょうか。

 --日本の音楽療法についてうかがいましょう。
 岸本 病院のコンサートを開いているうちに聖路加病院の日野原重明先生らが中心になって、バイオミュージック学会を作っていることを知りました。一方で音楽療法の臨床家による音楽療法協会もあった。この二つが合流して最終的には平成十二年に音楽療法学会ができました。その時点で三千人、いまは六千人の会員がいます。

 --会員はどんな人?
 岸本 音楽療法に興味を持っている人、研究している人、実際に医療や福祉現場で使っている人、さまざまなバックグラウンドを持つ人が集まっています。音楽療法の普及と医療・福祉の中での位置づけ、音楽療法士の生活の保障などを目指してきました。必ずしもうまくいっているとはいえない面もありますが、音楽療法熱といいますか、ブームといっていいほど注目度は高いですね。時代のニーズももちろんありますが、薬では効かないものに効くといった他には代えがたいものが音楽療法にはあると思います。


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