AIDS&Society研究会議 フォーラム報告

「危機への選択
   特定感染症予防指針見直しと日本のエイズ対策」

 エイズ予防指針の見直し作業が進められる中、AIDS&Society研究会議のフォーラム「危機への選択 特定感染症予防指針見直しと日本のエイズ対策」が2005年2月26日(土)午後、慶応大学三田キャンパスで開かれた。

 わが国の感染症対策の基本となる感染症法(感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律)には、大臣告示により二つの特定感染症予防指針が設けられている。一つはエイズ、そしてもう一つは性感染症である。1999年4月1日施行の感染症法は、かつての伝染病予防法、性病予防法、エイズ予防法の三つの法律を廃止統合して作られた法律であり、予防指針はとりあえず、性病予防法とエイズ予防法がなくなったことで失われる政策の法的根拠をカバーする目的で策定されたガイドラインと考えることができる。

 ただし、日本にはHIV/エイズと闘うことを目指し、政治、社会、経済のさまざまな分野のステークホルダー(関係者)が参加したナショナル・ストラテジー(全国戦略または国のエイズ対策大綱)といったものが実質的に不在のままの状態が長く続いていることから、エイズ予防指針は単に行政に政策遂行のお墨付きを与えるガイドラインというだけにはとどまらない意味を持つことにもなった。行きがかり上、ナショナル・ストラテジーの不在を補うかたちで、日本のHIV/エイズの流行との闘いを大きく方向付ける指針としての性格をも同時に担うことになったからだ。

 日本国内では過去5年間、HIV感染の新規報告が増加を続け、昨年一年間のHIV感染者・エイズ患者報告数は速報値ベースで1114人と初めて年間1000人の大台を超えることになった。しかも、その中には、新たにエイズを発症することで初めてHIV感染が確認されているケースが少なからず存在していた。このことは、少なくとも過去5年の間、指針が担ってきたエイズ対策戦略が失敗であったことを示すものとしてとらえなければならない。

 それでは、その指針が担ったエイズ対策戦略の失敗の原因はどこにあるのか。指針そのものの方向性が大きく誤っていたのか。それとも指針を実行に移す過程、ないしは仕組みにおいて重大な欠落が存在していたのか。この点は当面のエイズ対策のみならず、地球規模でのHIV/エイズの流行を視野に入れた今後の中長期的なわが国のHIV/エイズとの闘いのグランド・デザインといったものを見定めるうえでも、検討を急ぐべき大きな課題となっている。

 指針は制定後5年をメドに見直しを行うことになっており、厚生労働省は今年2月9日、厚生科学審議会感染症部会のもとにHIV/エイズ分野の医学研究者、NGO、保健、学校関係者、HIV陽性者ら15人の委員からなるエイズ予防指針見直し検討会を設置した。国民の関心をさして集めることもなく、国レベルにおける検討の作業がすでに開始されていることを踏まえ、参加者間にある種の切迫感を共有しつつ、本フォーラムは開催された。

 フォーラムではまず、ぷれいす東京の代表で検討会委員でもある池上千寿子さんから検討会を含む厚生科学審議会での議論の進め方などについて報告があった。それによると、厚生科学審議会の感染症部会には、今回の見直しについて議論を進めるため、エイズ予防指針の見直し検討会のほかに、エイズ・性感染症ワーキンググループも設置されており、検討会における議論がさらにワーキンググループに報告され、それがまた感染症部会に報告されるという。
 手続き的なことをいうと、感染症部会からさらに厚生科学審議会を経て、厚生労働省に答申が提出されるという段取りになる。

 なお、ワーキンググループの委員は7人で、このうち池上さんを含む4人は検討会の委員で占められており、座長は検討会、ワーキンググループともに木村哲・国立国際医療センターエイズ治療・研究開発センター長が務めている。こうした複雑な構造になっているのは、厚生労働省内でエイズ対策は疾病対策課、性感染症対策は結核感染症課と担当が分かれているためではないかと考えられ、エイズに関していえば、ワーキンググループは検討会の議論の結果を追認する、いわば承認機関的な役回りになる可能性が高い。
 ただし、エイズ予防指針と性感染症予防指針が現行のように二本立てのままでいいのか、それとも一つの予防指針にまとめた方がいいのかという点に関しては、新しい議論が提起される可能性も残されている。

 池上さんからはまた、1999年の指針策定時には4人のHIV陽性者が当時の公衆衛生審議会の予防指針策定小委員会の委員に入っていたのに対し、今回はHIV陽性者の委員が1人であり、感染の当事者の意見を政策に反映させるという観点からすると委員構成には問題があることも指摘された。

 アフリカ日本協議会の稲場雅紀さんからは、1999年のエイズ予防指針策定時にアカー(動くゲイとレズビアンの会)の一員として厚生労働省と交渉を行った経験を踏まえ、現在の予防指針の意義として、(1)「個別施策層対策」が導入されたこと、(2)「患者のQOLと人権の尊重」が明確に盛り込まれたこと、(3)省庁間の機能的な連携体制が明記されたこと、(4)政策モニタリングシステムの導入が明記されたこと-などが指摘された。さらに、指針そのものについては「いま読みなおしても、それなりのものだと思う」と評価する一方、「その指針がまともに履行されてこなかった」という過去5年間の反省に立って、見直しが進められなければならないことを強調した。

 SHARE( 国際保健協力市民の会)の副代表で、外国人に対する診療を続けている沢田貴志さんからは、世界のエイズ対策がこの5年間に質的にも量的にも変化を遂げ、途上国における治療のアクセスが大きく改善されようとしている中で、国によっては在日外国人が本国に帰っても抗レトロウイルス治療を続けられるケースが増えてきていることが報告された。このことは医療の現場では、帰国を希望する途上国出身の外国人にも抗レトロウイルス治療を提供できるようになっていることを意味するのだが、現実には個別施策層としての外国人に対する支援や治療提供を進めるための政策的な意思が示されていないことから、在日外国人が早期に適切な治療を受けることは困難な場合が多い。つまり、日本国内での治療のアクセスが大きな問題点を抱えていることが指摘された。また、この結果、個別施策層に対する予防対策に関しても、必要な情報の提供など有効な政策がとられないままの状態になっている。

 国内のHIV陽性者のネットワーク組織であるJaNP+の代表の長谷川博史さんからは「より具体的な視点と当事者性の重視を」として、今回の検討会の委員選定に関し(1)性感染のHIV陽性者の不在、(2)ゲイコミュニティの当事者の不在-が問題点として指摘された。また、長谷川さんは、外国人、セックスワーカー、薬物注射使用者(IDU)など各個別施策層の当事者グループへのアプローチの欠如、青少年を個別施策層としてひとくくりにしてしまうことへの違和感にも言及したうえで、日本のエイズ政策を「社会防衛的予防観から当事者(個別施策層の対象となる人たち)本位の性的健康増進の視点へ」と転換することの必要性を強調した。また、1994年のパリ・エイズ・サミットで強調されたGIPA(HIV/エイズ政策の策定、遂行におけるHIV陽性者のより積極的な参加と発言の機会の保障)原則の意義、検査におけるVCT(自発的なカウンセリングと検査)の重要性などについても、資料を紹介しつつ言及した。

 見直し検討会では、2、3月に指針各項目の検討を行った後、4月に2回の総括討議を予定しており、5月には事務局案が示される見通しとなっている。今回の見直しが行われれば、少なくとも今後5年間の国内のエイズ対策は、見直し後の指針に沿って進められる。ただし、かりに指針がきれいに整ったものであるにしても、それが実行されなければ対策としては意味がない。このことはフォーラムでも過去5年間の苦い経験として再確認され、エイズ予防指針については、必要な政策が確実に実現されようにするための仕組みも含めて今後さらにコミュニティ・レベルでの検討を続け、検討会に対する提言などを行っていく必要があることが強調された。

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