『エイズ 終わりなき夏 第7回アジア・太平洋地域エイズ国際会議に向けて』

 7月1日から5日間にわたって神戸で開かれる第7回アジア・太平洋地域エイズ国際会議(略称・神戸エイズ国際会議)について、海外でも関心が急速に高まりつつあります。なぜいまエイズ会議なのでしょうか。
 今回は翻訳ではありません。本の紹介です。会議についてはもちろん、世界のエイズとの闘いの動向を把握するうえでも『エイズ 終わりなき夏』(連合出版、1500円+税)がお薦めです。冒頭部分を紹介しておきましょう。


  は じ め に ―― 想像してみよう
 《あなたは私のことを夢ばかり見ていると言うかもしれませんが、経験していないことを身近かに感じるにはきっと、夢見る力が必要です》
 「差別や偏見のない社会」とか「ストップ・エイズ」というかけ声が私は嫌いです。私なら、
 「自分や他のだれかがなるたけHIVやその他のウイルスに感染したり発症したりしない予防方法を知っていて実行できて、でもたとえ感染や発症をしたとしても、その人が望むようになるたけいい気持ちで、つまり納得して治療や仕事や勉強や恋愛やセックスやなんでもない生活やらができて、そしてたとえ死にゆくことになっても、その人が望むような死に方でできるだけ満足して死んでゆける、そういう身の回りの環境を整備していくことについて考えたり工夫したり行動したりすることをストップしない」 という風に言いたいのです。とても長くて一息には言えません。ポスターなども作りにくいです。だから苦労します。
 なぜ苦労してまでそう言いたいのかというと、私にはたまたまエイズで死んだ友人がいて、かなり本気でそういう風に思っているからです。でも、私も、その友人のことがある前にはそんなことに興味はありませんでした。
 そこで、ふと考えました。もし、多くの人が、自分の好きな人や身近な人のHIV感染やエイズ発症を知ったり、その人が死んだりすることに出会わなければ「本気」になれないのだとしたら、(中略)しかし私(たち)は、「病人」や「故人」たちからはたして「学ぶ」べきなのでしょうか? 私のあるエイズ患者の友人は「私を抽象的な存在にしないで」と言いました。自分の人生は、他人の教訓や教材としてあるわけではないと言うのです。
 私は困りました。その人の存在を教材にすることなく、でも確実に病状の進んでいくその人の治療や生活の環境を、一刻も早くより良くしたい。混乱しながら医療情報の収集やセイファーセックスの理論開発などを友人たちと共に手当りしだいに行っていた矢先の一九九四年、横浜で国際エイズ会議が開催されました。私たちは、効果があるかもしれないことを片っ端からやりました。シンポジウムやワークショップ、ダンスパーティーやビデオ記録、本やポスターやカードを作りました。「NGO」や「コミュニティ」という言葉は今より一般的ではなかったし、通信は電話かファックス。携帯電話もメーリングリストもなかった!
 でも、その国際会議では、「何か」が起こりました。それはとても単純に、人と人とがじかに出会うことで、喜びも怒りも不安も希望も絶望も、そのまんまでより鮮明になり、あらゆる立場の人が「自分が自分のまんまで闘う勇気」みたいなものを発見したかのようでした。
 横浜と並び日本を代表する港町である神戸では、二〇〇五年七月一日から五日まで第七回アジア・太平洋地域エイズ国際会議(神戸会議)が開かれます。私は縁あって組織委員会の文化プログラム委員会のメンバーになりました。私は何をすべきなのかを考えました。十年前と今とでは、何が変わって何が変わっていない? エイズ治療薬は格段に進歩しました。しかし感染者は増え続けているし、冒頭の長文のような環境作りに必要な情報や仕組みはまだまだ足りません。
 この本はさまざまな立場から神戸会議の組織委員会に加わり、HIV/エイズとの闘いに取り組んでいる人たちが執筆を担当しました。二〇〇三年夏に横浜で開かれた「SARSとエイズ」に関するフォーラム、二〇〇四年夏にバンコクで開かれた国際エイズ会議、そして二〇〇五年夏に開かれる神戸会議のレポートは、私たちがいまなお、HIV/エイズの「終わりなき夏」の渦中にあることを伝えています。
                    桃河モモコ(kavcaapプロデューサー)

   (注)kavcaapは二〇〇五年六月三十日から七月三日まで神戸市兵庫区新開地の神戸アートビレッジセンター(KAVC)で開催。会議の文化芸術部門の公式プログラムであり、同時にアートイベントとして一般にも公開される。

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  (はじめに 補足)
 本書の第一部「バンコクから神戸へ」は、二〇〇四年七月にタイの首都バンコクで開かれた第十五回国際エイズ会議(バンコク会議)、および二〇〇五年七月の第七回アジア・太平洋地域エイズ国際会議(神戸会議)に関する報告である。本書発行時点で神戸会議はまだ、開催はされていないので、第二章の「明日への橋」は二〇〇五年夏に向けた準備過程を取り上げている。
 エイズの流行が世界に広がる中で、日本を含む東アジアは最近まで、その原因ウイルスであるHIV(ヒト免疫不全ウイルス)の感染の拡大を比較的、免れてきた。
 しかし、それは東アジア地域に住む人々の文化や生活様式にHIVの感染を防ぐ何か特別の要因があったためではなく、ましてや人種的にHIV感染を抑える医学・生物学的な理由があったわけでもない。単にHIVがやってくるのが他の地域に比べると遅かったという地理的な条件のせいだったのだが、その時差のボーナスもすでに使い果たそうとしている。
 世界規模の国際エイズ会議がアジアで最も早く本格的なエイズの流行を経験したタイで開かれ、その翌年に世界でいま最もHIV感染の拡大が懸念されているアジア・太平洋地域の地域会議が日本で開催される。そのことの意味をできるだけ多くの人に理解してもらい、神戸会議への注目度を高めたいというのが二つの会議を取り上げた理由である。
 第二部の「グローバル感染症とアジア」は、二十一世紀に入って最初に登場したアジア発の新興感染症の流行を踏まえ、HIV/エイズとの闘いをとらえなおす試みである。二〇〇三年前半には中国を中心に新型肺炎SARS(重症急性呼吸器症候群)の流行で多数の死者が報告され、二〇〇四年には鳥インフルエンザの流行により日本でも高病原性鳥インフルエンザウイルスH5N1の人への感染が確認された。
 世界保健機関(WHO)によると、この鳥インフルエンザの流行が引き金となって、アジアに新型インフルエンザが登場する危険性もかつてなく高まっているという。
 新たな感染症の時代の現実の中で、二十年を超えるHIV/エイズとの闘いの経験はどのように生かされているのか、逆に新たな感染症の登場は日本を含むアジア諸国のエイズ対策にどんな影響を与えたのか。そうした問題意識を踏まえ、第三章ではSARSとエイズの流行を比較した二〇〇三年夏のフォーラムについて報告し、第四章では世界のエイズの流行の中でも最大の懸念要因に浮上しつつある中国の危機に焦点をあてている。エイズ対策において、中国の危機はとりもなおさず、日本の危機であることを認識していただければ幸いである。
 また、終章ではエイズに関する医学的な研究の成果が、エイズ対策をいかに支えてきたのかについて概観を試みた。エイズとの闘いの序盤戦ともいうべきこの二十年余りの間、人類はおおむね後退戦を強いられてきたように見えるが、それでも病原ウイルスの発見や治療法の開発では目覚しい成果をあげてきたといえるだろう。その成果があって初めて、私たちは未知の感染症に対する恐怖を克服し、HIVに感染した人の支援こそが新たな感染の拡大を防ぐための最大の予防策であると考えることもできるようになった。
 しかし、同時に医学研究だけでは、エイズのような地球規模の感染症の流行には対応しきれないこともまた、再確認された。「科学とコミュニティの英知の統合」をテーマに掲げた神戸会議ではこの分野の議論が一段と深められていくことを期待したい。
                           宮 田 一 雄
    

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